
▶ 前回(第1話)
家の崩れと暴力から逃げた少年は、帰る場所を見失ったまま成長し、静かな暗闇だけを抱えていた。
その続きから物語は動き出す。
第1話 壊れた夜の匂い
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少しだけ動き始めた日常
高校を辞めてから半年。
俺は、ようやく動き出していた。
イトーヨーカ堂の文房具・おもちゃ売り場。
時給550円のアルバイト。
そして夜な夜な13号地(今のお台場あたり)をバイクで走り、
週末は50ccのレーシングチームに混ざって筑波サーキット(東コース)でレース。
時には仙台ハイランドの4時間耐久レースにも出た。
まさにバイク漬けの日々。
風を切って走ると、全部忘れられた。
家庭のことも、過去のことも、何もかも。
バイクに乗ってる時だけは、俺だけの世界。
自由だった。
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一方で、あの暗黒時代の先輩たちとは、自然と疎遠になった。
理由は単純。
うざかったからだ。
金、喧嘩、金、喧嘩。
本当に、バカみたいだった。
それ以来、暗黒仲間の同級生や先輩の誰とも連絡を取っていない。
今、何をしてるのかも知らないし、正直、知りたいとも思わない。
あの頃の俺は、過去と決別して、ようやく前を向き始めていた。
壊れた家のまま、進むしかなかった
母との関係は最悪のまま。
会話もなければ、目も合わせない。
食卓で言葉を交わすこともなかった。
互いに「存在だけは知っている」という、そんな関係だった。
あの無理心中未遂事件のあと、母は何かを悟ったのか、叩くことも怒鳴ることもなくなった。
でも、それは優しさではなく無関心だったように思う。
何か「紐がぷっつり切れてしまった」そんな感じだ。
俺も同じだった。
何か話しかけられても、「ふーん」とか「別に」とか。
そんな冷めた返事しかできなかった。
それでも、母はある日、ぽつりと言ったんだ。
「海外留学、行ってみない?」
……え?
俺、英語すらしゃべれないんだけど。
突然の留学話に、頭が真っ白になった。
母がなぜそんなことを言い出したのか、よくわからない。
でも、どこかで自分も感じてた。
「このままじゃダメだ」って。
だから俺は、頷いた。
「おう」
今思えば──
あれは、母なりの最後の賭けだったのかもしれない。
突然開いた、遠い世界への扉
初めての海外。
行き先はニュージーランド。
飛行機に乗るのも初めて。
しかもいきなり留学。
どんな無茶振りだよと思いながらも、ワクワクが止まらなかった。
ただ──俺の英語力は「My father is dog」レベル。
頼れるのは、使い古したボロい和英辞典ただ一冊。
不安しかない。
夏の日本を出て、着いたのは真冬のニュージーランド。
降り立ったオークランド空港の税関で、さっそく事件が起きた。
カップラーメン、1ケースまるごと……没収。
「俺の」カップラーメンに、指で豪快に穴を開けやがった係員が、何かをまくしたててくる。
“I’m sorry. This food item cannot be brought into New Zealand.
Would you like to dispose of it here? What would you like to do?”
……え?
何を言ってるか全くわからない。
でも、「肉が入ってるのがダメ」らしいことだけは理解できた。
肉か?
謎肉か?
日清、お前が悪いのか?
そうツッコミたくなるほど、クソ残念だった。
英語ができないって、マジで不便だ。
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そのあとすぐ、マオリ族の儀式に参加させられた。
「無礼を働いたら殺されても文句は言えない」と説明され、ビビりまくって、心臓が止まりそうだった。
でも、いざ始まってみると、彼らはみんな温かかった。
その夜からことあるごとに、一緒に歌った歌「ポカレカレアナ」。
大人になった今でも、あのメロディを聴くと涙が出る。
見知らぬ土地なのに、不思議と帰ってきたような気がする、そんな旋律。
言葉はわからなかった。けど──
「ようこそ」という気持ちだけは、ちゃんと伝わってきた。
知らない言葉の中で始まった暮らし
ホストファミリーはガードナー家。
金髪の美人姉妹がいる家庭だった。
家に着いた瞬間、思わず声が出た。
白くて大きな平屋。
玄関先には座り心地の良さそうなロッキングチェア。
西日に照らされた白壁がやけに眩しい。
まるでアメリカ映画のワンシーンのようだった。
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ガードナー家は4人家族。
優しいご夫婦と、金髪の美人姉妹。
お姉ちゃんは俺の1歳上。
妹のメリサは1歳下。
知ってるか?オークランドJKの制服は超可愛いんだぜ?
……はい、恋の予感しかしません。
もはや、俺には国際結婚まで見えていた。
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そんな平和なある日。
日本食が恋しくなった俺は、持参した「梅干し」を差し出した。
ガードナーさん(旦那)が恐る恐る口に入れ──
「オーマイ!」
叫んだ。
しかも全力で。
どうやら「オーマイガッ」の小さいバージョンらしい。
そこから俺の心の中での彼のあだ名は、Mr.オーマイに決定。
以降、食卓で梅干しが出ることは二度となかった。
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恋の行方?
結論から言おう。
俺氏、完全に弟ポジションを獲得。
和英辞典を片手に、必死で会話したけど、全然ダメ。
「かわいいジャパニーズボーイ」扱いで終了。
それでも、妹のメリサがボーイフレンドを連れてきたときは、正直ちょっと嫉妬した。
いや、ガチで嫉妬した。
クソ、この金髪イケメンが!
「好きな音楽は何?」と聞かれたので、
DEAD OR ALIVE!
と答えてやった。
若いって、いいね。
ほんとに。
ニュージーランドでの生活
ニュージーランドでは、食事がとにかく多い。
「朝食 → モーニングティー → 昼食 → アフタヌーンティー → 夕食 → アフターディナーティー」
いや、多すぎだろ!
朝食では、ペースト状のチョコレートに見せかけた「こげ茶色の何か」を食べさせられた。
甘いものだと思ってパンにつけ、口に入れた瞬間──しょっぱい。
俺は思わず叫んだ。
「オーマイ!」
でもね、こういう小さなことに幸せを感じるんだよ。
大量のお菓子を食べながら、みんなで笑って話す。
そりゃ体重も増えるってもんだね。
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そんな日々を過ごしているうちに、いつの間にか英語が聞き取れるようになっていた。
相手の言葉を理解しようとすると、自然に単語が頭に入ってくる。
そのうち勝手に口から英語が出てくるんだ。すげえ。
驚いた時は「おーう!」
相づちは「あーはん?」
しかも自然に出てくる。
元ヤンなのに!
帰国後もしばらくは、英語を得意げに話していた。
でも今は──
日本語以外、話せない。なぜだ!
たまに日本のニュースが流れてきても、まるで遠い国の出来事みたいだった。
それくらい、外から見る日本は小さく見えた。
そして気づいた。
その小さな島国で生きてる自分は、なんてちっぽけなんだろうと。
ニュージーランドで出会った人たちは、みんな芯があって、
自分の考えを持って、ブレずに行動していた。
それに比べて、俺は今まで何をしてた?
自分の未来のことなんて、何ひとつ、考えてなかった。
でも、よく考えたら──
周りはみんな大人だったんだよね。
そりゃ俺より、色々考えてるわけだ。
生意気でも、強がってても、所詮は10代。
自分の小さな人生を見つめ直しているうちに、
気づけばホームシックにかかっていた。
帰国が近づく頃には、
「日本食が食べたい」
「早く家に帰りたい」
そんなことばかり考えて、メソメソしていた。
16歳だもんな。
仕方ないよな。
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許しの輪郭が見えた夜
帰国前日。
コレクトコールで、日本の実家に電話をかけた。
オペレーターを通して、実家の電話をコールする。
しばらくして、受話器の向こうから母の声が聞こえた。
その瞬間、涙が溢れた。
「色々ありがとね」
その一言を伝えるだけで精一杯だった。
話したいことは、山ほどあったのに。
泣いて、言葉にならなかった。
受話器の向こうで、母も泣いていた。
あの日、車の中で「殺される」と思った母が、
今、電話の向こうで泣いている。
そして、俺は思った。
やっと、母と心が繋がった──と。
その夜、静かに眠りにつき、
そして、俺は帰国したんだ。
あのときの涙の意味を、今も考えることがある。
それは、初めて母を「許せた」瞬間だった
──のかもしれない。
次回
第3話「包丁の重さを知った朝」に続く
異国で少しだけ強くなった少年は、帰国後、包丁を握ることになる。
技の世界に飛び込んだ彼を待っていたのは、厳しさと、初めて見る希望の光だった。
次回、職人の朝が始まる。
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次回・第3話【迷走編】へ続く。
海外で見た“自由”は、現実では長くは続かなかった。
帰国後、俺はまた迷いの中にいた――。
異世界に行けなかった俺の半生。シリーズ
▶︎ 最初から順番に読む
- 家庭崩壊、教育虐待、家出──壊れた家族の中で、それでも“生き直そう”とした少年の原点の物語。
第1話 壊れた夜の匂い - 海外で見た自由と孤独――家庭崩壊から逃げた少年が、母との絆を取り戻すまでの再生記。
第2話 海の向こうで呼吸した日 - ― 包丁と涙で刻んだ“下積み時代” ―
第3話 包丁の重さを知った朝 - ― 包丁と向き合い、職人としての道を歩き始めた ―
第4話 魚を捌く音だけが響いた - ― 包丁を握れなくなった日、全てが終わったと思った ―
第5話 握れなくなった手の先で - ― 動かない手を見つめながら、もう一度生き直そうと思った ―
第6話 動かない手と沈黙の部屋 - ― リハビリで手は動くようになった。けど、心はまだ止まってた ―
第7話 ゆっくり動き出した心の音 - ― 社会復帰した職場は、いじめと理不尽が渦巻く“地獄の入口”だった。 ―
第8話 社会の入口に立った朝 - ― 涙と笑いの中に、“生きる意味”が戻ってきた日 ―
第9話 倉庫で泣いて、また歩いた - ― 崩れていく会社の中で、最後まで“立ち続けた男”がいた ―
第10話 崩れる会社で見た背中 - ― 壊れた会社。社長の信念、部長の意思。今度は俺が立て直す。 ―
第11話 動かない執務室の真ん中で - ― 終わりじゃなかった。継がれた熱が、俺を動かした。 ―
第12話 折れた光をもう一度灯す - ― 全てを燃やして。 ―
第13話 光に還るまでの物語 - ― 無音の中に、“おかえり”が聞こえた。 ―
第14話 無音の帰り道
スピンオフ作品
- ― これは、「異世界に行けなかった俺の半生。」の もう一つの世界線の物語 ―
異世界に「転生した」俺の半生。第1話【再会編】もう一度、母に会えた朝。

