異世界に行けなかった俺の半生。第4話 魚を捌く音だけが響いた

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神田の店で“オヤッサン”と出会い、
揚げ物・焼き物・煮物を学びながら確かな技を身につけていった主人公。
板前としての自信と未来が形になり始めた頃、さらなる技術を求めて新たな修行先へ向かう。

第3話 包丁の重さを知った朝

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目次

海鮮料理屋で始まった新しい修行

「とにかく魚だ!魚を持ってこい!俺に捌かせろ!」

新たな修行先は神奈川県川崎の海鮮メインの料理屋さん。
実は同じ会社の系列店なので、オヤッサンとの今生の別れ的なヤツが、ちょっと恥ずかしい。

現状報告も兼ねて、月に2、3回はオヤッサンと飲んでたよ。

新しいお店には、喧嘩して辞めた最初の店と同じくらいの板前がいたが、今度は下っ端じゃない。

上から3番目の脇板として配属された。

焼き物、揚げ物の技術が評価され、後輩に教える立場にもなった。
やったぜ。

とにかく魚を徹底的に触ったよ。
刺身用の魚はもちろん、焼き物用、揚げ物用も触りまくった。

この店は規模が大きかったので、毎日大量の魚を捌くことができた。

水洗いと呼ばれる下処理から始まり、刺身にできるよう魚を柵取りしたり、マグロのコロ(ブロック)を柵取りしたり。

航空便で届く魚の中には、見たこともないような魚もいた。

毎日が魚、魚、魚。

でも穴子が泳いでいる生簀に、1匹だけウツボを入れるのは辞めてほしかった。
「タカアシガニ」の一件を思い出した。

関西仕様の裂き包丁と目打ちを買って、うなぎの捌き方も学んだ。
うなぎを捌く日は、賄いでうな丼が食べられるのがうれしかった。

一杯目は「タレご飯」、二杯目でやっと鰻丼だよな。

刺身を引く世界と、六桁の柳刃包丁


脇板として2年も修行していると、実際に刺身を引くようにもなる。

平造りにそぎ造り、薄造りに八重造り、松皮造りに細造り。
材料によって様々な引き方がある。

特にスジが多いマグロは注意が必要。
食べた時にできるだけスジが残らないよう、身の流れを見ながらスジを切るように引いていく。

懇意にしていた包丁屋さんで、新しい柳刃包丁を作った。
俺的に最高級の柳刃包丁だ。

1尺1寸、本焼きの青紙二枚、黒檀柄。
値段は高すぎてナイショだ。6桁はいくシロモノ。

華道が教えてくれた“盛り付けの美”

また、この頃からお花を習い始めた。
流派は華道家元池坊

費用は会社負担で、毎週先生がお店に来て教えてくれた。
これは、今後の料理の盛り付けに絶大な効果があってね。
華道のセンスってすごいよ。和の全てが詰まってる。

立板の先輩が、親方になる勉強を始めたらしく、外出がちになった。
おかげで脇板ながら、俺が立板として板場に立つことが多くなった。
えっへん。

立板は楽しい。
何が楽しいって盛り付けが楽しいんだ。
お花で習った「真 副 体」で盛り付けると、本当にきれいにお造りを盛り付けることができる。
そこに様々な食材を細工した「妻」を飾り付ける。

初めて修行したお店で喧嘩の原因になった「かぼちゃに施した菊の花の彫刻」も、盛り付けの器として活躍した。
もう最高。

板前としての充実と、社会に認められた実感

海鮮料理屋を3年務めた後は、季節の料理を学ぶために、いくつかの店を渡り歩いた。

オヤッサンの店はどうしたんだって?
そんなのは、まだまだ先の話。
色々なお店の料理を勉強したい!という欲には勝てない。

通勤するのが面倒になり、家の近くの居酒屋に勤めたこともあった。

居酒屋は居酒屋で楽しい。
オヤッサンの店で1,500円で売っていた天ぷらを、680円で出したりもした。
得意満面な顔をしてね。

地元で働いていると、中学や高校の同級生や親戚も食べに来てくれた。
みんなが「美味しい美味しい」と言ってくれたので俺も幸せだった。

修行はきつかったけど、頑張った結果が出たんだな、と感じることができて嬉しかった。

やっと社会に認められた気がした。



運命を変えた夜

地元で働いていた頃、休みの日は学生時代の友達と遊ぶことが多かった。
仲間の中には働き始めてから、早速車を買った奴もいてね。

羨ましかったよ。
俺は免許を取りに行く時間がなくて、バイク止まりだったからさ。

そんなある夜、いつものように仲間3人でドライブを楽しんでいたんだ。

あの瞬間までは。

その友達は調子に乗って、車のスピードを上げ続けた。
緩やかなカーブに差し掛かった時、車は制御を失ってスピン。
そして――

俺たちが乗った車は、100km/h近い速度のまま電柱に激突した。

激突の瞬間に感じた、ものすごい衝撃。そして激突音。

車は、まるで紙細工のようにぐしゃりと折れ曲がった。

ボンネットから先が「く」の字に変形していた。

助手席に座っていた友達は、もう二度と目を開けることはなかった。

運転していた友達は右半身不随。

そして俺は…

後部座席から放り出されて頚椎を強打し、両腕がほとんど動かなくなった。

その日が、俺の人生を分けた日だった。

積み重ねてきた板前としての人生が、一瞬で終わった日だった。

6桁で買った柳刃包丁が、
俺の手の中で、ただの鉄になった。

次回

第5話 握れなくなった手の先でに続く

事故で両腕の自由を失い、板前としての人生が一瞬で途切れた主人公。
包丁を握れない現実と向き合いながら、深い喪失と再生への静かな時間が始まる。
絶望の先で、何が残ったのかを描く。

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atch-k | あっちけい
Visual Storyteller/Visual Literature
光は、言葉より静かに語る。

Nikon D500を肩に、街の呼吸を撮り歩き、
写真と言葉を一体化させた 写真詩(Visual Literature) を日々発表しています。

人の姿そのものではなく、
人がいた「余韻」や、空気に残る気配。
そこに、言葉を添えるのではなく、
言葉を写真の後ろに置く。
それが、私のVisual Literatureです。

本業は、物流業界での国際コンテナ船・輸出事務。
現場とオフィスの狭間で、
数字・書類・時間に追われながら、
「記録すること」と「伝えること」の重さを
長年、実務として見つめてきました。

その感覚は、
写真詩だけでなく、レビューやコラムにも流れ込んでいます。
体験を切り取り、構造を整え、
読み物として成立するノンフィクションへ昇華する。
事実を並べるのではなく、
判断と文脈で読ませる文章を心がけています。

長編ノンフィクション
『異世界に行けなかった俺の半生。』(全14章)は、
家庭崩壊、絶望、再起、そして静かな再生を辿った実話。
草思社文芸社大賞2025に応募し、
現在の写真詩表現の源泉を、すべて言葉として書き残しました。

写真詩と文章は、別々の活動ではありません。
どちらも、
光と静寂が立ち上がる瞬間を、記録する行為です。

atch-k | あっちけい
Visual Literature Artist
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