異世界に行けなかった俺の半生。第9話【社会復帰編・反撃】倉庫で泣いて、笑って、また立ち上がった日。

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― 社会復帰した職場は、いじめと理不尽が渦巻く“地獄の入口”だった。 ―
異世界に行けなかった俺の半生。第8話【社会復帰編】やっと掴んだ社会復帰のチャンス。そこは“地獄の入口”だった。

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主任やアルバイト達が帰ったであろう時間帯。

総務に送ってもらった退職届を胸に倉庫へ向かった。
もう心が限界だった。
俺は何のために生きているのかも、わからなくなっていた。

全てを終わらせて、苦しくない家に帰ろう。
一生ニートのままでいい。
こんな辛い思いはもう嫌だ。

倉庫に着いた途端、足が震えた。
恐怖が頭をフラッシュバックする。

誰もいないと思っていた。

けれど、聞き慣れた音が耳に入った。
プリンタの音だ。
何度も夢で聞いた、あの音だった。

事務所近くまでくると静まり返った事務所に、ラインプリンタの音が響いていた。

誰?
顔を上げると──

部長が汗を流して出荷作業をしていた。

後ろでは、倉庫の「別部署」の女性スタッフが2人。
一所懸命に梱包作業をしている。
その姿を見た瞬間、言葉が出なかった。


部長はすべてを知っていた。
今、梱包を手伝ってくれている女性スタッフから事情を聞いたらしい。

「なんでもっと早く相談しなかったんや!」

その声は、怒鳴り声というより、泣き声だった。

「……すいません。
 期待してくれてる部長に、心配かけたくなかったんです。」

部長はしばらく黙って、
伝票を束ねていた手を止めた。

「お前の味方を入れろ。社員ひとりと派遣5人。稟議、もう通してある。」

言葉を詰まらせながら、続けた。

「……あの3人とは戦ってええで。お前が、ここの責任者や。」

言葉より先に、涙がこぼれそうになった。
いや、たぶんもう、出ていた。

「でも暴力はあかんぞ」

「しませんよ笑」

ああ、見てくれていた人がいた。
みんな見て見ぬふりをしていると思っていたのに、
ちゃんと、見てくれていた。

俺の状況を部長に報告してくれた倉庫の二人にも、
心から感謝した。

「辞めなくていいんだ」と思った。
「俺には、味方がいたんだ」と。

カバンに入れた「退職届」をそっとゴミ箱に捨てた。
その瞬間、張りつめていた心がふっとほどけた気がした。


少しして、倉庫スタッフのひとりが俺に声をかけてきた。

「ひとりで遅くまで仕事してるの知ってたんです。
でも、あの三人が怖くて何もできませんでした。
本当に、すみません。」

その言葉を聞いた瞬間、
張りつめていたものが一気に崩れた。
優しかった。
それだけで胸が熱くなった。

すると、部長が言った。

「それとな、倉庫の移転が終わったら、この二人はお前の部下や。よろしくな。」

「はぁ???」

思わず声が裏返った。
泣いた後に笑うとは、こういうことなんだろう。


自分で面接して、社員として採用したのは、
いろいろ足りないところはあるけれど、誠実な男だった。
真っ直ぐで、嘘がない。
俺は、そういう人間が好きだ。

もっと能力がありそうな人は他にもいた。
でも、今回は自分の勘を信じるしかない

頼むぞ。
もう二度と、間違いたくないんだ。

派遣採用では、以前自分が登録していた派遣会社の担当に電話した。
贔屓にしてくれってお願いされていたからね。

「これで俺の抜けた分も稼げたでしょ?」

担当は笑っていたけれど、
その声の奥に、懐かしさと少しの安心が混じっていた気がした。

かつて派遣として働いていた俺が、いまは発注する側にいる。
たったそれだけのことなのに、胸の奥が少し熱くなった。
ほんと、優しい人だよな。


ある日、業務の指示を出していると、アルバイトの一人が小さくつぶやいた。
俺に目を合わせずに。

「……マジでウゼェんだけど」

その瞬間、空気がピリッと張りつめた。
堪えきれず、声が出た。

「言いたいことあるなら、俺の目を見て言えよ。なあ。」

その瞬間、主任がブチ切れた。

「なんなの? その態度!」

俺は深呼吸して、静かに言った。

「私はここの責任者です。
 彼女は私の指示に対して『マジでウゼェ』と言いました。
 それに対して、言いたいことがあるなら、私の目を見てはっきり言えと伝えただけです。
 ――問題ありますか、主任。」

「あなたが来るまでは、ここは何の問題も無かったんですけど。
部長が後ろにいるからって、調子に乗ってるんじゃないの?あなたのせいでこうなってるの。」

主任が言い返す。

俺は、一拍おいて口を開いた。

「はっきりさせましょう。
主任、あなたが出産で休むのはいい。

でも――
自分が開けた穴を埋めようと、必死に頑張っている後任の人間を、
言い返さないのをいいことに、辞めたくなるほどいじめるなんて、

“元”責任者として、正しいことなんですか?」



主任とアルバイトは、何も言えなくなった。
沈黙の時間が流れる。

遠くで聞いていた部長が間に入った。
「まあまあ、もうええやん」
そう言って、主任を別室に連れ出していった。

その日を境に、主任の姿は消えた。
育児休暇を取ったらしい。
誰も何も言わなかった。
けれど、あの場の空気がすべてを物語っていた。


その夜、もう一人のアルバイトと駅で鉢合わせた。
開口一番、こう言われた。

「ほんっと色々すみませんでした。これからも一緒に働かせてもらえませんか。」

こいつ……俺がどれだけ辛い思いをしたと思ってるんだ?
俺は答えた。

「あれだけ嫌がっていた俺の下で働けるの?」

「当たり前じゃないですかぁ!絶対頑張りますよ私」

調子良すぎだろ。コイツ。

気にしないわけじゃない。
でも――味方は一人でも多い方がいい。

それにしても強いやつだな。
勝ち馬に乗るって、こういうことか。

俺の方も少し反省した。
もっと人の気持ちを考えて、相談しながら動けば良かったのかもしれない。

……いや。
そんなことを考える前に、きっと、いじめられたんだろうな。


それからの日々は、まさに嵐だった。

アウトソーシングの概要をまとめ、
システム改修の要件定義を詰め、
移転先に連れていく人員の選定。

来られない人たちとは、ひとりひとり合意書を交わした。
そして同時に、アウトソーシング先の教育。
継続できない業務の整理?……そこは、部長に丸投げした。

これ間に合うのか??

倉庫の在庫だって整理しないといけない。

「何なんだよ。どれだけ在庫抱えてるんだこの倉庫!!部長どうなってるんですか?」

「てへぺろ」
てへぺろじゃねえよおっさん!!

晴れて俺の部下として配属された、倉庫の女性スタッフ二人も懸命に…動いてくれている。
「これ超懐かしい〜」
おい働いてくれよ!!

気づけば、昼も夜もなく動いていた。
目の前の課題を潰しても、またすぐ次の山が現れる。
それでも、もう逃げなかった。

あの地獄の日々に比べれば、
この忙しさは、希望の匂いがした。

主任の荷物?
何も片付けずにいなくなったから、段ボールにまとめて大きく名前を書いておいた。
誰が見てもわかる様にね。


そしてついに、移転が完了した。

最後くらいは、みんなでお祝いしましょう。
移転先に来られる人も、来られない人も、全員で。

「部長が自分の会社の接待交際費としてお金を出すから、安く飲めますよ」

その時の部長の顔はマジだった。
これまで見せたことのない、“漢”の顔だった。

この日は最高に楽しかった。
笑い声が絶えず、倉庫時代の苦労も、全部笑い話になった。

部長が酔った勢いで、俺の肩を叩いた。
「お前、よう頑張ったな。ほんまお疲れさんやで。」

少し間を置いて、
「今度、社長に紹介したるわ。」

思わず笑った。
「いやいや、そんな偉い人、俺なんかが会っていいんですか?」

部長はニヤリと笑って、
「ええんや。俺と社長は、ちゃん付けで呼び合う仲や。」

うそつけ。

そう思いながらも、なぜか笑みがこぼれた。

パートさんたちから、主任と揉めていた当時の話を聞いた。
最初に部長に伝えてくれたのは、彼女たちだったらしい。

「げっ、バツが悪すぎる。
 本当にごめんなさいって、私、謝ったよ〜。
 そしたら“主任”が許してくれたんですぅ。」

と、照れ笑いを浮かべるあのアルバイト。
(そう、駅で謝ってきた方だ。)

「この人、反省してるからってね。仕方ないから、時給マイナス1,200円の減俸処分で許したんで。」

「えぇぇぇぇぇ!私が払う側じゃないですかぁ!」

そう言ったら、みんなが笑った。

“ウゼェ”と言ったアルバイトは、飲み会には来なかった。
そのまま、退職届も出さずに静かに退職していった。


――あの嵐のような移転が終わって少しした夜。
久しぶりに“オヤッサン”の店に顔を出した。

移転先は神田。
神田といえば、料理修行していた頃の「あの」オヤッサンの店だ。

「いらっしゃいませー」

スーツ姿で入っていくと、カウンターの向こうでオヤッサンが目を丸くした。

「お前……なんだ、その格好は。」

笑って「今は物流の事務職っす。しかも主任っす」と言うと、
オヤッサンはしばらく黙って、包丁を置きながら言った。

「包丁の世界じゃなくても、しっかり戦ってるんだな。」

その一言が、胸に沁みた。
何も言えず、ただ黙って頷いた。

ふと店内を見回す。
――ここも、久しぶりだな。

見知った顔がいくつもあった。
笑顔で「久しぶりー」と声をかけると、
仕事を放り出した仲居さんたちが、次々に駆け寄ってきた。

グラスの氷が溶ける音が、やけに静かに響いた。

「閉店まで飲んでられるか? 終わったらちょっと飲むか。」

「是非。」

オヤッサンに話をした。
事故の後のこと。
ニートをしていたこと。
料理の仕事ができなくて派遣で働いたこと。
倉庫でのこと。
辞めそうになったこと。
でも、みんなのおかげで続けられていること。

マシンガンのように語る俺。
本当の父親のように、黙って聞いてくれる笑顔のオヤッサン。

「人に恵まれたな。」
オヤッサンが言った。

本当に、そう思う。

店を出ると、神田の街は相変わらず雑多でうるさい。
でも、あの頃の俺とは少し違う気がした。

“働く”という意味が、少しだけ変わっていた。


翌朝。

新しい神田の事務所には、まだ段ボールの匂いが残っていた。
みんなの頑張りで、ここまで来た。
一人じゃ絶対に無理だった。
ホント感謝しかない。

外はすっかり暗くなり、窓の外には首都高のライトが流れていた。
ラインプリンタの音が、また静かに鳴り始める。
それが、俺たちの再出発の合図のように思えた。

少しだけ、笑顔になれた。
――そのとき。

電話が鳴った。

パートさんが受話器を取る。
数秒の沈黙。

「……配送クレームです。」

俺は、ゆっくりと天井を見上げた。
地獄は、まだ終わっていなかった。

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🔜 次回予告

崩壊し始めた会社。
社長と出会った俺。

そこで俺は二択を迫られる。
俺が選択した先には…
――次回、第10話【崩壊編】

異世界に行けなかった俺の半生。シリーズ

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atch-k | あっちけい
Visual Storyteller/Visual Literature
光は、言葉より静かに語る。

物流業界で国際コンテナ船の輸出事務を担当。
現場とオフィスの狭間で働きながら、
「記録すること」と「伝えること」の境界を見つめ続けてきました。

現在は、体験を物語として届ける“物語SEO”を提唱・実践。
レビュー記事を単なる紹介ではなく、
感情と構成で読ませるノンフィクションとして再構築しています。

一方で、写真と言葉を融合させた「写真詩」シリーズを日々発表。
光・風・静寂をテーマにした作品群は、
#写真詩 #VisualStorytelling タグを中心に多くの共鳴を生んでいます。

長編ノンフィクション『異世界に行けなかった俺の半生。』は14話完結。
家庭崩壊・挫折・再起を描いた実話として、
多くの読者から支持をいただきました。


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