異世界に「転生した」俺の半生。第1話【再会編】もう一度、母に会えた朝。

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母親が突然、「車で食事に行こう」と言い出した。

日頃ほとんど口をきかないのに、どうしたんだろう。
でも、腹が減ってた俺は深く考えずに助手席に乗り込んだ。

しばらく走っていると――
母親がハンドルを強く握りしめたまま、前を見据えている。

その目の奥、どこか焦点が合っていない。

次の瞬間だった。
車がフラッと対向車線に寄る。

パァァァァ!!!
対向車がクラクションを鳴らしてすり抜ける。

「え……?」

母親の手が、また小刻みに動く。
右へ、左へ。
グッグッ、キュキュッ――
タイヤが鳴る。
シートが軋む。

心臓が嫌な音を立てた。
手汗が止まらない。
母親の横顔を見た。無表情。呼吸が浅い。

その瞬間、理解した。
この人、本気で死のうとしている。

頭の中で何かが弾けた。
「まだ死にたくないから、やめてくれ!」

声は震えていたのに、
不思議と冷静でもあった。

母の手が、ハンドルをさらに握り込む。
白く浮いた指の関節。
フロントガラスの向こうで、
光が滲んでいく。

タイヤがアスファルトを噛む音。
「キュッ……キュキュキュッ……」

嫌な振動が、足の裏を突き抜けた。

――あ、終わる。

次の瞬間、
空気が爆ぜた。

パパパパパパァァ!!!!!

視界が一瞬で真っ白になった。
耳の奥で、金属が軋む音。
体がシートから浮いた。

何かが俺の肩を叩いた。
強く。

ガンッ。

音が消えた。


目を開けると、朝だった。

眩しい。
光がやけに白い。

カーテンの隙間から差し込む陽が、机の上の鉛筆を照らしている。
ノートには昨日のままの落書き。
消しゴムのカス。
机の角に、爪でつけた小さな傷。

ゆっくり起き上がり、息を吸い込む。
空気が、懐かしい匂いがした。

台所から、フライパンの音。

「ごはん、できたよー!」

――母の声だ。

息が止まった。
心臓が跳ねた。

母は、まだ死んでいなかった。
あの日、死んだはずの母が、
目の前で味噌汁を作っている。

「真っ黒い髪をひとつに結び、エプロン姿で、
少し疲れた顔をしているのに、
その笑顔は――あの頃のままだった。」

前の世界で見た“白髪の母”が、
今、こうして黒髪で笑っている。

それだけで、胸の奥が熱くなった。

「……母さん?」

母は振り向き、
「なに? 早く顔洗ってらっしゃい」
と、笑った。

涙がこぼれた。

“また会えたんだな、母さん。”



洗面所の鏡の前に立つ。
足元が、やけに近い。
視界が、低い。

鏡に映ったのは、
丸い頬の、子どもの俺だった。

そしてここは…団地。

“戻ったんだ。
もう一度、この世界でやり直すために。”

世界は、静かに息をしていた


食卓には、焼き鮭と卵焼き。
味噌汁の湯気がゆらゆらと揺れている。

母はいつものように言った。
「ほら、冷めるよー」

その声が、優しすぎて泣きそうになった。

「……うまいよ。」

母は笑った。
「なにそれ、朝から変なの。」

笑いながら、また涙がこぼれた。

“今度こそ、守る。”

そう呟いた言葉は、味噌汁の湯気にかき消された。

バレンタイン23個事件

2月14日。
机の中が、なんか甘い匂いするなと思ったら――

チョコ。
チョコ。
またチョコ。

……23個。

「モテ期、極端すぎるだろ。」

人生で初めてのモテ期が、転生後に来た。
クラスの女子がみんな天使に見えた。

“この世界、バグってないか?”

でも、悪い気はしなかった。
いや、めちゃくちゃ嬉しかった。


日曜の野球

日曜の少年野球。
バッターボックスに立った俺は、
“昔の俺”と違っていた。

あの頃はスランプで、全然打てなかった。
でも今は――違う。

ピッチャーが投げた瞬間、ボールの回転が見えた。
タイミングが、完璧に合った。

カキーン!

白球が青空の彼方へ飛んでいく。

1本。
2本。
3本。
気づけば5打数5安打5ホームラン。

「お前、プロ行けるやろ!!」
監督が叫んでた。

……いや、行かないけど。

“転生チートって、こういうことか。”


ベンチに戻ると、チームメイトが肩を叩いてくれた。
その手の温かさが、やけに沁みた。

“生き直す”って、こういう感覚なのかもしれない。


毎日が、うまくいきすぎた。

学校のテストは全部90点以上。
先生はニコニコしてるし、
友達もみんな優しい。

少年野球では4番ファーストのキャプテンに。

怒られた記憶がない。

家に帰れば、
母の手料理。
味噌汁の湯気。
テレビのニュース。

全部が“理想”みたいだった。

でも、
なんか違う。

笑ってるのに、
心のどこかが冷たい。

夜、自分の机に座って、
窓の外を見た。

街の灯りが、やけに静かだった。

“俺、ほんとに生きてるのか?”

成功ばっかりの人生って、
こんなに息苦しいんだな。

誰も怒らない。
誰も泣かない。
誰も、傷つかない。

それは、
――優しさの形をした、別の地獄だった。

夜。

目を閉じた瞬間、
音がした。

――電話のベル。
――誰かの泣き声。
――倉庫の蛍光灯の音。

景色が、波みたいにうねっている。

俺は立っていた。
埃っぽい倉庫の中。
積まれた段ボールの山。

「主任、お願いします!」
「あと何件残ってるんですか!」

あの頃の声。
懐かしい、でも痛い声。

俺は振り返った。
そこにいた。

――おちゃらけながら謝るアルバイト。
――怒鳴っている主任。
――料理を作る白衣のオヤッサン。
――幾つあるかわからない量のミサンガと千羽鶴

みんな、生きてる。
でも、俺の方が動けなかった。

「……ごめん。」

声が出た瞬間、世界が崩れた。
ガシャーン。
段ボールが落ちる音。

俺は倒れた。
冷たい床の感触。
誰かの手が俺の手を掴んだ。

「もーいーよ。」

誰の声だ?

男の声にも、女の声にも聞こえた。
それが誰なのか分からないまま、
視界が白く溶けた。


その後、妹の成績が、少しずつ落ち始めた。

最初は、母も静かだった。
でも、日に日に口調がきつくなっていく。

「なんでできないの? また間違えたの?」
「ほんとバカなんじゃないの?」

妹は泣きながら問題集を解いていた。
鉛筆の先が折れても、泣きながら消しゴムで直してた。

俺はその横で、何度も母に言った。

「やめろよ。言いすぎだよ。」

でも、母は止まらなかった。

目の奥が、あの時と同じ色をしていた。


父は営業の接待で帰りが遅い。
疲れた顔で「今日も飲んできた」と言っていた。

ある晩、母が言った。

「家、建てない? ローンで。」

その一言で、心臓が止まりそうになった。

“また始まる。”

俺は必死に止めた。
「やめよう。今は無理だよ。」

でも、母は聞かない。
その瞳の奥に、どこか焦りが見えた。

妹が宿題を間違えた瞬間、
母の手が、妹の頭を叩いた。

乾いた音。
妹の泣き声。
俺は立ち上がった。

「やめろって言ってんだろ!!」

母の腕を掴んだ。
でも、小さな手じゃ止められなかった。

手首の中で、母の力が暴れていた。
泣きながら止めても、何も変わらなかった。


その瞬間、分かった。

世界は、やり直せても、
人の心までは変えられない。

母の勢いは止まらなかった。

「家を買うの。もう決めたから。」

そう言って、書類にハンコを押した。

何度も止めた。
頼んだ。
泣いて懇願した。

でも、結果は同じだった。

その数ヶ月後、卒業と同時にーー
俺たちは引っ越した。


新しい街。
新しい小学校。

妹は、少しだけ不安そうな顔をしていた。
「大丈夫。俺がいるから。」
そう言って、頭を撫でた。

その時の妹の笑顔を、俺は一生忘れない。


でも、その笑顔は長く続かなかった。

転校して数日後、
妹のランドセルが玄関に放り投げられていた。
中には、破られたノート。
泥だらけの上履き。

「どうしたの?」と聞いても、妹は首を振るだけだった。

夜、布団の中で泣いていた。
母は苛立ち、父は黙り込んでいた。

俺は妹の学校に行って、担任に訴えた。

「妹がいじめられてる。助けてください。」

担任は困ったように笑った。
「子ども同士のことだからね。」

それっきりだった。


次の日、妹は学校に行かなかった。

ランドセルは机の上に置いたまま。
制服は、畳んであった。

母の怒鳴り声。
父のため息。
その中で、妹はただ泣いていた。

俺は何もできなかった。
何も。


“やり直したはずなのに、
なぜ、また同じ道を辿ってるんだろう。”

心の奥で誰かが笑っていた気がした。

俺は、妹の手を握りながら言った。
「もう無理しなくていい。」

妹は小さく頷いた。
その瞳の奥に、前の世界の“俺”が映っていた。


朝が来ても、
誰も笑わなかった。

そして、
この世界が、少しずつ狂い始めた。

― これは、もし俺が“異世界に転生していたら”の物語。

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異世界に行けなかった俺の半生。

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atch-k | あっちけい
Visual Storyteller/Visual Literature
光は、言葉より静かに語る。

物流業界で国際コンテナ船の輸出事務を担当。
現場とオフィスの狭間で働きながら、
「記録すること」と「伝えること」の境界を見つめ続けてきました。

現在は、体験を物語として届ける“物語SEO”を提唱・実践。
レビュー記事を単なる紹介ではなく、
感情と構成で読ませるノンフィクションとして再構築しています。

一方で、写真と言葉を融合させた「写真詩」シリーズを日々発表。
光・風・静寂をテーマにした作品群は、
#写真詩 #VisualStorytelling タグを中心に多くの共鳴を生んでいます。

長編ノンフィクション『異世界に行けなかった俺の半生。』は14話完結。
家庭崩壊・挫折・再起を描いた実話として、
多くの読者から支持をいただきました。


あっちけい|Visual Literature / 物語SEO創始
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