異世界に行けなかった俺の半生。第11話【新体制編】誰も動かないなら、俺が動く。

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― 崩れていく会社の中で、最後まで“立ち続けた男”がいた ―
異世界に行けなかった俺の半生。第10話【崩壊編】崩れゆく会社の中で、俺が見た“男の背中”

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会社が“新体制”になった。
聞こえはいいけど、実態はただの寄せ集めだった。

知らない顔が毎日のように増えていく。
どこから来たのかもわからない人たちが、偉そうに指示を出している。

俺は、しがない主任から「販売センター長」になった。
さらに「人事課長」も兼務。

要するに――販売センターを回しながら、人も集めろという話だ。

課長に昇進?
そんな響きに、もう心は動かなかった。

俺は、あの社長の右腕になれるくらいに強くならなきゃいけない。
もう、あんな夜は二度とごめんだ。

社長も、部長も、もういない。
頼れる人は、誰ひとり残っていなかった。

もう、誰かの背中を追う時代は終わった。
自分の二本の足で、立ち上がらなければ。

会議室には、スーツ姿の新顔たちが並んでいた。
「経営再建」とか「効率化」とか。
耳ざわりのいい言葉ばかりが、空気を漂っていた。

けど、現場の声を聞こうとする人は、ひとりもいない。
倉庫の床は、きっと今も冷たいままだ。

――結局、俺がやるしかないんだろ。


採用担当になったのは、まったくの想定外だった。
販売センターの仕事だけでも手一杯なのに、
「人を入れとけ」って軽く言うなよ。

予算を見て、目を疑った。
雀の涙って、こういうことを言うんだな。

総務部長に電話した。
「この予算で本気で採用する気あるんですか?」
沈黙のあとに返ってきたのは、ため息まじりの声だった。
「……見直そう。」

数日後、予算は多少マシになった。
でも、まだ足りない。

採用方法の資料を見て、思わず笑ってしまった。
ハローワーク、紙媒体、新聞折込。
昭和かよ。

時代はもう平成。
募集してくる人たちの層も、変わってきている。

今は求人だってネットだよ。
ネット。

紙媒体を全部やめて、ネット媒体に切り替えた。
自社サイトも自分でいじって、採用コンテンツを追加した。

携帯ひとつで応募できるようにして、
とにかく“人”を集めた。

そしたら――突然、紙媒体の営業が飛んできた。
「急に切らないでくださいよ!」って。

仕方なく話を聞いたら、
「じゃあ半額でやります」だと。

その金額でできるなら、最初からやっとけ。
足元見やがって。

さて、気になる採用率だけど――

ほぼ100%。
免許さえあれば、80歳だって採用だ。

ただし条件をつけた。
「3ヶ月の研修期間で、お互い納得できたら正式採用。」

面接のたびに、正直に伝えた。
「現場は今、荒れています。苦しい時期かもしれません。
 それでも、力を貸してもらえませんか。」

飾らず、誤魔化さず。
“本音の採用”を続けた。

販売センターでは、部下の男が周囲に叱られながらも必死に動いてくれた。
古株のスタッフも、あのアルバイトも。
みんな、それぞれの持ち場を守ってくれていた。

――俺は採用に専念できた。
そのおかげで、崩壊していた店舗が少しずつ息を吹き返していった。


「もう人はいらない」
そんな言葉を聞いたのは、久しぶりだった。
心の中で、何かがふっとほどけた。

店舗が少しずつ落ち着いてきた。
電話の音も減り、ドライバーたちの表情に、ようやく笑顔が戻りはじめた。

現場の空気が、ようやく変わり始めていた。
この“ごっこ遊びみたいな会社”に、ほんの少しだけ風が吹いた気がした。

「もう人はいらないです」
その言葉を思い出す。

たった一言なのに、
あんなに嬉しかったのは初めてだった。

目を輝かせて面接に来た若者がいた。
「頑張ります」と何度も頭を下げて帰っていった。

――その一週間後。
電話で俺に暴言を吐いて辞めていった。

あの時の声、忘れられない。
“何があったんだろう”じゃなくて――
“何をされたんだろう”と思った。

採用が悪い?
違う。
現場のどこかで、何かが壊れてる。

……嫌な予感がした。

電話を切ったあとも、しばらく受話器を握ったままだった。
嫌な予感が、どうしても消えなかった。

あの倉庫を見に行かなきゃと思った。


――神田の事務所の雰囲気は、異様だった。

配送にも行かず、昼間からスーツ姿の“偉そうな人たち”がふらふらしている。
コーヒー片手に、「現場が悪い」「人材の質が低い」とか言い合ってる。

笑えてくる。
現場にも行かず、椅子に座って“現場や採用のせい”にしてる。

採用のせい?
言ってみろよ、俺に。

木っ端微塵にしてやるから。

でもな、
現場は、肩書きを見ていない。
見てるのは“人”だ。

ドライバーたちは、誰が信頼できるかを一瞬で見抜く。
そして、一度でもウソをついた人間は、もう二度と信用しない。

だからこそ、あの人たちは現場に居場所をなくした。
そりゃそうだ。
言葉よりも、行動を見られてるんだから。


全店舗の人員が、ようやく埋まった。
どこも少しずつ落ち着きを取り戻していた。

――一か所を除いて。

ずっと報告が上がってこない店舗があった。
そこは、あの“偉そうな役員”が現場を見てるはずだった。

なのに、昼間から神田の事務所で見かける。
コーヒー飲んで、偉そうに“指導してるフリ”をしてる。

嫌な予感しかしなかった。

その日の午後、直接その店舗へ向かった。

ドアを開けた瞬間、
空気が、重かった。

――あの、品川エリア店を思い出した。

倉庫は散らかり放題。
床にはほこり、積み上がった段ボール。
ドライバーたちは、挨拶ひとつしない。

目が合っても、誰も何も言わない。
その沈黙が、すべてを物語っていた。

採用したドライバーが一人いた。
声をかけたら、最初は小声だった。
でも一度口を開くと、止まらなかった。

「上から言うだけで、何もしないんですよ」
「ドライバーが休んでも、手伝いもしない」
「人が入っても、すぐ辞めていきます」

出るわ出るわ、愚痴の嵐。

愚痴を聞きながら、胸の奥じゃなく、胃のあたりが重くなった。
「……もう、こんな現場を作りたくない」と思った。

コースは穴だらけ。
人が入っても、穴が埋まる前にまた辞める。

――まさに、底の抜けたバケツだった。

指示命令系統なんて、機能していない。
ドライバー同士で指示し合っても、「何を偉そうに」と揉めて終わる。

そのバケツの中で、みんなが疲れ果てていた。

俺は、その場で何も言えなかった。
言葉よりも、空気の重さのほうが先に襲ってきた。

神田へ戻る電車の中。
吊り革を握る手に、知らず知らず力が入っていた。


社長主催の飲み会があった。
久しぶりに“幹部一同”が顔を揃える。

焼き鳥の煙。
氷の音。
居酒屋のざわめき。

――まるで他人事みたいな会話。

例の“偉そうな役員”が言った。

「うちのドライバー、どいつもこいつも根性ないですよね。
 仕事の文句ばっか言って、すぐ辞めるんですよ。」

グラスを置く音が、やけに響いた。

笑って流そうと思ったけど、無理だった。

握った拳が震えた。
それでも、黙って飲み込もうとした。

「現場の本当の声、聞いたことありますか?」

役員が、ゆっくりとこっちを見た。
“何だこいつ”って顔。

「本当の声? 媒体使って採用して終わりじゃないんですよ、課長。」
「現場は、生きてるんです。」

……ああ、出たよ、その言葉。

ふと、あの時のことを思い出した。
倒産間際の店舗。
机の上に残っていた、あのメモ。
「もう無理です。体が限界です。」
あの震えた文字が、今も頭から離れない。

俺は深呼吸して言った。

「ドライバーは、希望を持って入社してるんです。
 不安もある。でも、会社を信じて働こうとしてる。

 今働いているドライバーだってそうです。
 相談したいことだってある。
 話しづらいことだって、あるでしょう。

 その声を、もっと聞いてやってください。」

役員が鼻で笑った。
「偉そうに。だったらよ、あんたがやってみたらどうなんだよ、課長?」

空気が、止まった。

「やってやるよ。」

言葉が、勝手に出た。
体の中で、何かが弾けた。

「あとで“私が悪かった”って泣くなよ。
 店舗ひとつ満足に回せない役員さん。」

役員は耳まで、真っ赤になっていた。

一瞬、テーブルの上の氷がカランと鳴った。
誰も、笑わなかった。


……普通ならクビだろうな。
でも、翌日も俺はいつも通り出社していた。


社内メールが届いた。

件名:「人事異動のお知らせ」

嫌な予感しかしない。

クリックして、目を疑った。

俺氏――人事部課長兼 販売センター長兼 江東店店長に就任

……いや、多すぎだろ。

思わず、吹き出した。
まるで、全部押しつけられたみたいだった。

けど――自分で蒔いた種だ。
逃げる気は、なかった。

もう、誰も守ってくれない。
なら――自分で守るしかない。

見ておいてください、社長。
部長。

俺が、この会社を変えてみせます。

現場も、部下も、会社も。
たとえ全部壊れても、俺がやる。

――見とけよ、クソ役員。


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🔜 次回予告

人事異動で店長に任命された俺。
崩壊した現場を立て直そうと手を尽くすも…

――次回、第12話【継承編】

異世界に行けなかった俺の半生。シリーズ

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スピンオフ作品

atch-k | あっちけい
Visual Storyteller/Visual Literature
光は、言葉より静かに語る。

物流業界で国際コンテナ船の輸出事務を担当。
現場とオフィスの狭間で働きながら、
「記録すること」と「伝えること」の境界を見つめ続けてきました。

現在は、体験を物語として届ける“物語SEO”を提唱・実践。
レビュー記事を単なる紹介ではなく、
感情と構成で読ませるノンフィクションとして再構築しています。

一方で、写真と言葉を融合させた「写真詩」シリーズを日々発表。
光・風・静寂をテーマにした作品群は、
#写真詩 #VisualStorytelling タグを中心に多くの共鳴を生んでいます。

長編ノンフィクション『異世界に行けなかった俺の半生。』は14話完結。
家庭崩壊・挫折・再起を描いた実話として、
多くの読者から支持をいただきました。


あっちけい|Visual Literature / 物語SEO創始
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