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― 崩れていく会社の中で、最後まで“立ち続けた男”がいた ―
異世界に行けなかった俺の半生。第10話【崩壊編】崩れゆく会社の中で、俺が見た“男の背中”
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会社が“新体制”になった。
聞こえはいいけど、実態はただの寄せ集めだった。
知らない顔が毎日のように増えていく。
どこから来たのかもわからない人たちが、偉そうに指示を出している。
俺は、しがない主任から「販売センター長」になった。
さらに「人事課長」も兼務。
要するに――販売センターを回しながら、人も集めろという話だ。
課長に昇進?
そんな響きに、もう心は動かなかった。
俺は、あの社長の右腕になれるくらいに強くならなきゃいけない。
もう、あんな夜は二度とごめんだ。
社長も、部長も、もういない。
頼れる人は、誰ひとり残っていなかった。
もう、誰かの背中を追う時代は終わった。
自分の二本の足で、立ち上がらなければ。
会議室には、スーツ姿の新顔たちが並んでいた。
「経営再建」とか「効率化」とか。
耳ざわりのいい言葉ばかりが、空気を漂っていた。
けど、現場の声を聞こうとする人は、ひとりもいない。
倉庫の床は、きっと今も冷たいままだ。
――結局、俺がやるしかないんだろ。
採用担当になったのは、まったくの想定外だった。
販売センターの仕事だけでも手一杯なのに、
「人を入れとけ」って軽く言うなよ。
予算を見て、目を疑った。
雀の涙って、こういうことを言うんだな。
総務部長に電話した。
「この予算で本気で採用する気あるんですか?」
沈黙のあとに返ってきたのは、ため息まじりの声だった。
「……見直そう。」
数日後、予算は多少マシになった。
でも、まだ足りない。
採用方法の資料を見て、思わず笑ってしまった。
ハローワーク、紙媒体、新聞折込。
昭和かよ。
時代はもう平成。
募集してくる人たちの層も、変わってきている。
今は求人だってネットだよ。
ネット。
紙媒体を全部やめて、ネット媒体に切り替えた。
自社サイトも自分でいじって、採用コンテンツを追加した。
携帯ひとつで応募できるようにして、
とにかく“人”を集めた。
そしたら――突然、紙媒体の営業が飛んできた。
「急に切らないでくださいよ!」って。
仕方なく話を聞いたら、
「じゃあ半額でやります」だと。
その金額でできるなら、最初からやっとけ。
足元見やがって。
さて、気になる採用率だけど――
ほぼ100%。
免許さえあれば、80歳だって採用だ。
ただし条件をつけた。
「3ヶ月の研修期間で、お互い納得できたら正式採用。」
面接のたびに、正直に伝えた。
「現場は今、荒れています。苦しい時期かもしれません。
それでも、力を貸してもらえませんか。」
飾らず、誤魔化さず。
“本音の採用”を続けた。
販売センターでは、部下の男が周囲に叱られながらも必死に動いてくれた。
古株のスタッフも、あのアルバイトも。
みんな、それぞれの持ち場を守ってくれていた。
――俺は採用に専念できた。
そのおかげで、崩壊していた店舗が少しずつ息を吹き返していった。
「もう人はいらない」
そんな言葉を聞いたのは、久しぶりだった。
心の中で、何かがふっとほどけた。
店舗が少しずつ落ち着いてきた。
電話の音も減り、ドライバーたちの表情に、ようやく笑顔が戻りはじめた。
現場の空気が、ようやく変わり始めていた。
この“ごっこ遊びみたいな会社”に、ほんの少しだけ風が吹いた気がした。
「もう人はいらないです」
その言葉を思い出す。
たった一言なのに、
あんなに嬉しかったのは初めてだった。
目を輝かせて面接に来た若者がいた。
「頑張ります」と何度も頭を下げて帰っていった。
――その一週間後。
電話で俺に暴言を吐いて辞めていった。
あの時の声、忘れられない。
“何があったんだろう”じゃなくて――
“何をされたんだろう”と思った。
採用が悪い?
違う。
現場のどこかで、何かが壊れてる。
……嫌な予感がした。
電話を切ったあとも、しばらく受話器を握ったままだった。
嫌な予感が、どうしても消えなかった。
あの倉庫を見に行かなきゃと思った。
――神田の事務所の雰囲気は、異様だった。
配送にも行かず、昼間からスーツ姿の“偉そうな人たち”がふらふらしている。
コーヒー片手に、「現場が悪い」「人材の質が低い」とか言い合ってる。
笑えてくる。
現場にも行かず、椅子に座って“現場や採用のせい”にしてる。
採用のせい?
言ってみろよ、俺に。
木っ端微塵にしてやるから。
でもな、
現場は、肩書きを見ていない。
見てるのは“人”だ。
ドライバーたちは、誰が信頼できるかを一瞬で見抜く。
そして、一度でもウソをついた人間は、もう二度と信用しない。
だからこそ、あの人たちは現場に居場所をなくした。
そりゃそうだ。
言葉よりも、行動を見られてるんだから。
全店舗の人員が、ようやく埋まった。
どこも少しずつ落ち着きを取り戻していた。
――一か所を除いて。
ずっと報告が上がってこない店舗があった。
そこは、あの“偉そうな役員”が現場を見てるはずだった。
なのに、昼間から神田の事務所で見かける。
コーヒー飲んで、偉そうに“指導してるフリ”をしてる。
嫌な予感しかしなかった。
その日の午後、直接その店舗へ向かった。
ドアを開けた瞬間、
空気が、重かった。
――あの、品川エリア店を思い出した。
倉庫は散らかり放題。
床にはほこり、積み上がった段ボール。
ドライバーたちは、挨拶ひとつしない。
目が合っても、誰も何も言わない。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
採用したドライバーが一人いた。
声をかけたら、最初は小声だった。
でも一度口を開くと、止まらなかった。
「上から言うだけで、何もしないんですよ」
「ドライバーが休んでも、手伝いもしない」
「人が入っても、すぐ辞めていきます」
出るわ出るわ、愚痴の嵐。
愚痴を聞きながら、胸の奥じゃなく、胃のあたりが重くなった。
「……もう、こんな現場を作りたくない」と思った。
コースは穴だらけ。
人が入っても、穴が埋まる前にまた辞める。
――まさに、底の抜けたバケツだった。
指示命令系統なんて、機能していない。
ドライバー同士で指示し合っても、「何を偉そうに」と揉めて終わる。
そのバケツの中で、みんなが疲れ果てていた。
俺は、その場で何も言えなかった。
言葉よりも、空気の重さのほうが先に襲ってきた。
神田へ戻る電車の中。
吊り革を握る手に、知らず知らず力が入っていた。
社長主催の飲み会があった。
久しぶりに“幹部一同”が顔を揃える。
焼き鳥の煙。
氷の音。
居酒屋のざわめき。
――まるで他人事みたいな会話。
例の“偉そうな役員”が言った。
「うちのドライバー、どいつもこいつも根性ないですよね。
仕事の文句ばっか言って、すぐ辞めるんですよ。」
グラスを置く音が、やけに響いた。
笑って流そうと思ったけど、無理だった。
握った拳が震えた。
それでも、黙って飲み込もうとした。
「現場の本当の声、聞いたことありますか?」
役員が、ゆっくりとこっちを見た。
“何だこいつ”って顔。
「本当の声? 媒体使って採用して終わりじゃないんですよ、課長。」
「現場は、生きてるんです。」
……ああ、出たよ、その言葉。
ふと、あの時のことを思い出した。
倒産間際の店舗。
机の上に残っていた、あのメモ。
「もう無理です。体が限界です。」
あの震えた文字が、今も頭から離れない。
俺は深呼吸して言った。
「ドライバーは、希望を持って入社してるんです。
不安もある。でも、会社を信じて働こうとしてる。
今働いているドライバーだってそうです。
相談したいことだってある。
話しづらいことだって、あるでしょう。
その声を、もっと聞いてやってください。」
役員が鼻で笑った。
「偉そうに。だったらよ、あんたがやってみたらどうなんだよ、課長?」
空気が、止まった。
「やってやるよ。」
言葉が、勝手に出た。
体の中で、何かが弾けた。
「あとで“私が悪かった”って泣くなよ。
店舗ひとつ満足に回せない役員さん。」
役員は耳まで、真っ赤になっていた。
一瞬、テーブルの上の氷がカランと鳴った。
誰も、笑わなかった。
……普通ならクビだろうな。
でも、翌日も俺はいつも通り出社していた。
社内メールが届いた。
件名:「人事異動のお知らせ」
嫌な予感しかしない。
クリックして、目を疑った。
俺氏――人事部課長兼 販売センター長兼 江東店店長に就任。
……いや、多すぎだろ。
思わず、吹き出した。
まるで、全部押しつけられたみたいだった。
けど――自分で蒔いた種だ。
逃げる気は、なかった。
もう、誰も守ってくれない。
なら――自分で守るしかない。
見ておいてください、社長。
部長。
俺が、この会社を変えてみせます。
現場も、部下も、会社も。
たとえ全部壊れても、俺がやる。
――見とけよ、クソ役員。
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🔜 次回予告
人事異動で店長に任命された俺。
崩壊した現場を立て直そうと手を尽くすも…
――次回、第12話【継承編】
異世界に行けなかった俺の半生。シリーズ
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- 家庭崩壊、教育虐待、家出──壊れた家族の中で、それでも“生き直そう”とした少年の原点の物語。
第1話【原点編】母の暴力から逃げた夜、すべてが壊れた - 海外で見た自由と孤独――家庭崩壊から逃げた少年が、母との絆を取り戻すまでの再生記。
第2話【青春編】海外で見た“自由”と“孤独”、そして母との絆 - ― 包丁と涙で刻んだ“下積み時代” ―
第3話【迷走編】包丁と涙の下積み時代。 - ― 包丁と向き合い、職人としての道を歩き始めた ―
第4話【修行編】魚と格闘した板前の日々 - ― 包丁を握れなくなった日、全てが終わったと思った ―
第5話【絶望編】包丁を握れなくなった日 - ― 動かない手を見つめながら、もう一度生き直そうと思った ―
第6話【再生編・前編】動かない手、折れた心 - ― リハビリで手は動くようになった。けど、心はまだ止まってた ―
第7話【再生編・後編】リハビリと人生の練習、動く手、動かない心。 - ― 社会復帰した職場は、いじめと理不尽が渦巻く“地獄の入口”だった。 ―
第8話【社会復帰編】やっと掴んだ社会復帰のチャンス。そこは“地獄の入口”だった - ― 涙と笑いの中に、“生きる意味”が戻ってきた日 ―
第9話【社会復帰編・反撃】倉庫で泣いて、笑って、また立ち上がった日。 - ― 崩れていく会社の中で、最後まで“立ち続けた男”がいた ―
第10話【崩壊編】崩れゆく会社の中で、俺が見た“男の背中” - ― 壊れた会社。社長の信念、部長の意思。今度は俺が立て直す。 ―
第11話【新体制編】誰も動かないなら、俺が動く。 - ― 終わりじゃなかった。継がれた熱が、俺を動かした。 ―
第12話【継承編】崩壊した会社に、“もう一度、光を灯した男”の記録。 - ― 全てを燃やして。 ―
第13話【燃焼編】光で始まり、光に還ったひとつの物語。 - ― 無音の中に、“おかえり”が聞こえた。 ―
最終話【無音編】おかえりなさい
スピンオフ作品
- ― これは、「異世界に行けなかった俺の半生。」の もう一つの世界線の物語 ―
異世界に「転生した」俺の半生。第1話【再会編】もう一度、母に会えた朝。

