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― 動かない手を見つめながら、もう一度生き直そうと思った ―
異世界に行けなかった俺の半生。第6話【再生編・前編】動かない手、折れた心
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あの事故から、気づけばもう数年が経っていた。
たまに親と喧嘩しながらも、仕事もせず、実家でぬくぬくと過ごす毎日。
金も無いから、友達と遊ぶこともなくなった。
包丁も、バイクも。
遊ぶ金ほしさに、全部売った。
毎日のリハビリの効果か、動かなかった手の感覚は奇跡的に8割ほど戻っていた。
折り紙を折り、ミサンガを編み、米粒を器から器へ箸で移す。
何百回も、いや何千回も――ただ、ひたすらに指を動かした結果だ。
……ただ、残りの2割が絶望的だった。
まるで指先だけ時間が止まっているように、自分の指なのに他人のものみたいなんだ。
冷たい、温かい、痛い――それはわかる。
なのに、触れている“感触”だけがどこか遠い。
常に手袋をはめているような、モヤモヤした違和感がいつまでも消えなかった。
そしてその違和感は、今もなお続いている。
細かい動作はことごとく失敗する。
コップは落とす。携帯は滑る。茶碗は割る。
料理なんて論外。
桂むき?キャベツの千切り?魚のすき引き?――そんなの、夢のまた夢だ。
それでも、「何か仕事をしなきゃ」と、焦りだけが先に走った。
とはいえ、俺の履歴書には輝かしい経歴なんて一つもない。
高校中退。
元料理人(リタイア済み)。
英語は忘却済み。
ニート歴数年、現在も無職。
……ね、誰が雇うの、こんなやつ。
「そうだ、事務職にしよう!」
なぜそう思ったのか、今でも謎だ。
そもそも俺、パソコンが使えねえ。
そんなわけで、母に泣きついた。
「事務の仕事探すから、パソコン買ってくれ!」
……とか言いつつ、買ってもらった瞬間にニート化が加速。
届いたのは、SONYのVAIO XR7Z/BP(OSはWindows Me)。
懐かしすぎて泣ける。
テレホタイムにインターネット接続したその日から、
俺の人生は変な方向に転がり出した。
仕事探し? ソウイエバしてないネ。
代わりに、毎日2ちゃんねるとYahoo!チャットに入り浸り。
明け方までクソスレを立てたり、酒を飲みながら見知らぬ誰かとしょうもない話をしていた。
……たまに思った。
「俺の人生って、もう終わってるんじゃね?」
そう感じる夜が、一番怖かった。
プレッシャーに押しつぶされそうになった。
「何か学ばなきゃ」
そう思い立って、今度はウェブ制作を始めた。
母にねだって買ってもらったのは、ウェブ制作ソフトDreamWeaver。
ホームページビルダーじゃないのは、2ちゃんねらーのこだわりだ。
仕上がりのHTMLソースが違う(と言われていた)
W3C? CSS? JavaScript? Flash? 意味不明。
だけど、夢中になってウェブサイトを作った。
できあがったのは――飼い猫の写真が入ったくそダサい猫サイト。
アクセスゼロ(自分のアクセス50/日)。
もちろん、すぐに飽きた。
次は流行り始めていたブログ。
2000年代の第一次ブログブーム。
でもネタがない。俺、ニートだし。
結果:クソつまらない記事を3つ書いて挫折。
次に目をつけたのは、自宅サーバー構築。
「母さん、仕事を決めるのに今度はデスクトップが必要なんだ!」
またしても泣き落としに成功。
買ってもらったのはVAIO RX55。
Vine Linuxを入れてApacheを動かし、MovableTypeで自鯖ブログを運営。
PearlにPHPだってお手のもの。
SENDMAILで簡易メールサーバー構築。
自宅サーバー構築に関してのブログ記事はちょっと好評だった。
俺、何者?
気分はもう天才ハッカー(ただの暇人ニート)だった。
そろそろマジで働こう。
それなりにPCスキルもついたし、
「俺って事務職として完璧じゃね?」と思ってた。
……が、壮絶な勘違い。
事務職に必要なのは、サーバー構築でもHTMLでもネットワーク知識でもなく、
WordとExcelの経験だった。
これには打ちのめされた。
でも、俺はやると決めたらやる男だ。
派遣会社に「事務員」として登録。
そして、ついに電話が鳴った。
「事務のお仕事、見つかりました!」
「ようやく社会復帰ロードが始まった」
そう思ってた。
……でも、現実は“社会”が俺を甘く迎えてくれるほど、やさしくなかった。
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🔜 次回予告
ようやく“社会復帰ロード”に足を踏み入れた俺。
だが、現実は甘くなかった。
初めての事務職、右も左もわからない職場、動かない手。
それでも、必死に働いた。
――次回、第8話【社会復帰編】
異世界に行けなかった俺の半生。シリーズ
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- 家庭崩壊、教育虐待、家出──壊れた家族の中で、それでも“生き直そう”とした少年の原点の物語。
第1話【原点編】母の暴力から逃げた夜、すべてが壊れた - 海外で見た自由と孤独――家庭崩壊から逃げた少年が、母との絆を取り戻すまでの再生記。
第2話【青春編】海外で見た“自由”と“孤独”、そして母との絆 - ― 包丁と涙で刻んだ“下積み時代” ―
第3話【迷走編】包丁と涙の下積み時代。 - ― 包丁と向き合い、職人としての道を歩き始めた ―
第4話【修行編】魚と格闘した板前の日々 - ― 包丁を握れなくなった日、全てが終わったと思った ―
第5話【絶望編】包丁を握れなくなった日 - ― 動かない手を見つめながら、もう一度生き直そうと思った ―
第6話【再生編・前編】動かない手、折れた心 - ― リハビリで手は動くようになった。けど、心はまだ止まってた ―
第7話【再生編・後編】リハビリと人生の練習、動く手、動かない心。 - ― 社会復帰した職場は、いじめと理不尽が渦巻く“地獄の入口”だった。 ―
第8話【社会復帰編】やっと掴んだ社会復帰のチャンス。そこは“地獄の入口”だった - ― 涙と笑いの中に、“生きる意味”が戻ってきた日 ―
第9話【社会復帰編・反撃】倉庫で泣いて、笑って、また立ち上がった日。 - ― 崩れていく会社の中で、最後まで“立ち続けた男”がいた ―
第10話【崩壊編】崩れゆく会社の中で、俺が見た“男の背中” - ― 壊れた会社。社長の信念、部長の意思。今度は俺が立て直す。 ―
第11話【新体制編】誰も動かないなら、俺が動く。 - ― 終わりじゃなかった。継がれた熱が、俺を動かした。 ―
第12話【継承編】崩壊した会社に、“もう一度、光を灯した男”の記録。 - ― 全てを燃やして。 ―
第13話【燃焼編】光で始まり、光に還ったひとつの物語。 - ― 無音の中に、“おかえり”が聞こえた。 ―
最終話【無音編】おかえりなさい
スピンオフ作品
- ― これは、「異世界に行けなかった俺の半生。」の もう一つの世界線の物語 ―
異世界に「転生した」俺の半生。第1話【再会編】もう一度、母に会えた朝。

