
「ヨシ!」
仕事帰りの夜。
SNSを眺めていたら、「しまむらで仕事猫のコラボTシャツ発売」という投稿が流れてきた。
「すぐ売り切れ」「再販してほしい」という声が並んでいた。
正直、Tシャツなんて、どこでも買える。
でも――
仕事猫が“ヨシ!”と腕を上げている写真を見た瞬間、俺は熱くなった。
「これ、どうしても欲しい」
思わず口にしたら、妻が笑った。
「また猫?」
そう、また猫だ。
でも、この猫には不思議な力がある。
疲れた夜でも、“ヨシ”の一言で少しだけ前を向ける。
次の休日、
俺は近所のしまむらへ向かった。
自転車で。
――“売り切れ”という言葉を、少しだけ覚悟しながら。
それでも、ペダルを踏む足は軽かった。
電動アシストだからね。
しまむら到着 ― 小さな冒険の始まり
自転車を停めた瞬間、ハンドルの金具がカランと鳴った。
夏の風。
駐車場には、主婦と子ども、そして俺。
俺の場違い感が、半端じゃない。
入口の前で、一度だけ深呼吸した。
――“ヨシ”。
自動ドアの向こうは、涼しい空気と、あの独特のBGM。
心の中で「安全第一、安全第一」とつぶやきながら歩く。
Tシャツ売り場を探したけれど、見当たらない。
ワゴンには見知らぬキャラクターたち。
変なパンダ、可愛くない犬、人を食いそうな熊、そしてバンクシー。
・
・
・
バンクシー!?
風船と少女!?
これも買おう。ヨシ!
勇気を出して、店員さんに声をかけた。
「すみません、仕事猫のTシャツってありますか?」
一瞬の沈黙。
店員の眉が、ほんの少し動いた。
「……しごとねこ?」
その反応に、思わず笑ってしまった。
“通じない”という現実に、ちょっとだけ癒やされる。
でもあなたの店の商品だよね。
「今日発売のコラボTシャツで、猫が“ヨシ”って言ってるやつなんです」
指差し呼称のポーズを添えてみた。
説明すると、店員は「ああ!」と笑顔になった。
その笑顔を見た瞬間、少しだけ救われた気がした。
たった一枚のTシャツを探すだけで、
世界が優しい。
棚の前で 、 “ヨシ”と叫んだもの

案内された先は、
レジ横の小さな棚だった。
Tシャツたちは、まるで世界の隅っこに追いやられたみたいに、
肩を寄せ合って並んでいた。
白、黒、グレー。
どれも仕事猫が“ヨシ”と腕を上げている。
俺の心臓も同じリズムで跳ねた。
タグを見る。
「しまむら × 仕事猫 コラボTシャツ」
――いた。
各サイズ一枚ずつ。
在庫は、まるで”猫の手も借りまくった後”ほど少ない。
LとXLはすでに消えていた。
残っているのは3Lと4L。
どちらも、俺には少し大きいかもしれない。
でも構わない。
試着はしない。
新品のTシャツを試着。
これはだめだ。
人としてやっちゃいけない事。
死んだばっちゃんが言っていた。
こいつだって「ヨシ」って言ってるんだ。
細かいことはどうだっていいだろう。
ひとつ手に取る。
生地のざらつき、プリントのインクの匂い。
安っぽい。
でも、愛しい。
――ヨシ。
心の中でつぶやいた瞬間、
肩の力が、すっと抜けた。
帰宅と試着 ― “安全第一”の背中


家に帰って、袋をテーブルの上に置いた。
白いビニールが、少しくしゃっと鳴る。
いつものしまむらの袋。
でも今日は、少しだけ特別に見えた。
風呂に入って、髪を乾かして、
リビングの明かりを少し落とした。
袋の中から、Tシャツを取り出す。
タグを切る前に、もう一度眺めた。
胸のワンポイント、背中の“工事中”。
あの現場猫が、腕を上げて“ヨシ”と言っている。
――これを着て、俺もいっちょ頑張るか。
鏡の前に立ち、Tシャツをかぶる。
思ったよりも生地はしっかりしている。
3L。
丁度良かった。
最近の3Lは、小さめに作られているのかもしれない。
そういえば、昔からうちにある他のTシャツも、
心なしか縮んだ気がする。
きっと素材の問題なんだろう。
でも、着心地がやさしい。
背中のプリントが、
まるでお守りみたいに感じた。
仕事でくたびれた日々。
あの猫が笑いながら「ヨシ」って言ってくれる。
それだけで、ちょっと報われる気がした。
余韻 ― 日常へ
翌日、仕事猫のTシャツを着て、ウエルシアに寄った。
本絞りの生グレープフルーツを持って、レジに並ぶ。
後ろから、声がした。
「そのTシャツ……仕事猫ですよね?」
一瞬、心臓が跳ねた。
まさか、ここでその名を聞くとは。
「ええ、しまむらの限定のやつで。ゴニョゴニョ」
はにかんだ笑顔でそう答えると、その人はにっこり笑って言った。
「うちの職場でも人気なんです、“ヨシ”のやつ」
嬉しいような、少し照れくさいような気持ちになった。
家に帰って、洗濯機にTシャツを放り込む。
回る水の音を聞きながら、
あの客の笑顔を思い出した。
仕事って、毎日大変だけど。
こういう小さな出来事があるからな。
今日も“ヨシ”でいいじゃないか。
あとがき
このTシャツ、あれから何回も洗った。
胸の“安全第一”は少し薄くなったけど、
俺の腹だけは全然薄くならない。
人生なんて、だいたいそんなもんだ。
それでも、今日も“ヨシ”でいこうと思う。
もしこのゆるい話が気に入ったら、
もう一つ、ちょっと重たいほうの“俺の話”もどうぞ。

