FC版ドラクエ2の終盤ってこんな話だったよね?

当ページのリンクには広告が含まれています。

三人は、勇者の末裔だった。

そう呼ばれることに、もはや特別な意味はなかった。
道中で何度も期待を向けられ、何度も頭を下げられ、そのたびに応えるだけの力は示してきた。
だがそれは誇りではなく、ただの役割。

与えられたから引き受けただけの、重たい名前。

焚き火を囲んでいた夜、サマルトリアの王子が口を開いた。

「……もう、
上がらないんだよな……俺らのレベル」

少し間を置いて、彼は続けた。

「……いや、わかってるんだけどさ、ただの愚痴だ。」

ローレシアの王子は剣を磨く手を止めなかった。
意味を聞き返す必要はなかった。
武器を替えても、防具を見直しても、戦闘の手応えは変わらない。
彼らの成長は、すでに限界に達していた。

「呪文も、全部覚えたよ。
これ以上は何やっても無理。これが私たちの完成形みたい。」

ムーンブルグの王女が淡々と続けた。
声に感情はなかった。
事実を確認するような口調。

三人とも、分かっていた。

これ以上、自分たちは強くなれない。

それでも敵は、強くなっていく。
世界は先に進み、彼らは同じ場所に立たされたまま、次の戦いを強いられる。

「これで完成、ってことなのかよ。俺らはよ。」

サマルトリアの王子が、自嘲気味に笑った。

誰も否定しなかった。

完成しているはずなのに、力が足りない。
その矛盾が、場を重くする。

ムーンブルグの王女は、ロンダルキアの大地を見ながら言った。

「……なんか嫌な予感がする」

ローレシアの王子は、剣を磨く手を止めずに言った。

「……考えるだけ無駄なことなら、考えないほうがいい」

その問いに、答えは出なかった。

ただ分かっていたのは、この先に必要なのは成長ではないということだ。
強さでもない。

――何かを失う覚悟。

何を失うことになるのか。
三人とも、考えないふりをした。

目次

呪われた強さ

夜は深かったが、誰も眠っていなかった。

焚き火の音だけが、一定の間隔で鳴っている。
火が爆ぜるたび、ローレシアの王子は無意識に剣の柄を握り直した。
癖になっている。
戦闘中も、休んでいるときも、同じ。

「なあ」

サマルトリアの王子が、焚き火を見つめたまま言った。

「俺さ……」

言いかけて、止まる。

ムーンブルグの王女は、何も言わずに待っていた。
急かす必要がないことを、もう知っている。

「このままだと、さ」

サマルトリアの王子は笑った。
うまく笑えていなかった。

「たぶん、一番先にみんなの足を引っ張るの、俺なんだよな」

ローレシアの王子は顔を上げた。

「そんなことは――」

「ある。」

即答だった。

「俺は剣も魔法も使える。でも、どちらも中途半端だ。
前に出ても、お前ほど耐えられない。
後ろに下がっても、王女ほど魔法で役にも立てない」

一度、息を吐く。

「そして、いつか判断が遅れる時が来る。その一瞬で、誰かが
ーー死ぬ」

一拍おいて、彼は続けた。

「それが……死ぬのが俺じゃないのが、正直一番きつい。」

その「誰か」は、口にしなかった。

沈黙が落ちた。

ムーンブルグの王女が、低い声で言った。

「……それでも、今までは何とかなってたよね。
これからだってーー」

「何とかなってただけだ」

サマルトリアの王子は、焚き火の横に置いてあった剣に目を落とした。

「もう限界だろ。正直、俺たち」

ローレシアの王子は、何も言わなかった。
否定できなかった。


少しして、サマルトリアの王子が立ち上がった。

「確認したいことがある」

「何を?」

「強くなれるかだよ。まだ、手段が残ってるかどうかの」

ムーンブルグの王女は、彼の視線の先を追った。
そこにあったのは、布に包まれた二本の剣。

破壊の剣。
隼の剣。

並べて置かれること自体が、おかしい。

「呪いの武器か
…やめとけ、お前戻れなくなるぞ」

ローレシアの王子が言った。
声は低かった。

サマルトリアの王子は、うなずいた。

「このまま終わるよりマシだろ。呪いの武器でも、強さには違いない。
やれることは全てやっておくべきだろ。」

そう言い切った。

ムーンブルグの王女が、静かに問いかける。

「……それで、あなたは強くなれるの?」

「少なくとも、俺から迷いは消える。」

ムーンブルグの王女は、剣を見たまま言った。

「……それで、戻れなくなったら?」

問いは短かった。


剣の合成は、静かに終わった。

光も、音もなかった。
ただ、一本の剣が残った。

サマルトリアの王子は、それを手に取った。

「……思ってたより軽いな」

一度、振る。
空気が裂ける音がした。

「どうだ。体調は大丈夫か?」

ローレシアの王子が聞く。

サマルトリアの王子は、少し考えてから答えた。

「たぶん、これでいい」

一呼吸おいて、彼は付け足した。

「……正解なんだと思う」

その言葉に、確信はなかった。
だが、迷いもなかった。

しかし、その目から輝きが消えつつあることに、
誰も気づかなかった。


翌日の戦闘で、違いははっきり出た。

サマルトリアの王子は、躊躇しなかった。
危険な位置に踏み込み、確実に敵を斬る。
退くという選択を、最初から持っていない様だった。

「おい、前に出すぎだ」

ローレシアの王子が叫ぶ。

返事はない。

サマルトリアの王子の攻撃で、モンスターは倒れる。
だから、それ以上何も言えなかった。

戦闘が終わったあと、ムーンブルグの王女が小さく言った。

「……大丈夫?」

サマルトリアの王子は、平然とした表情で少し首をかしげた。

「何が?」

その問いに、答えられなかった。


夜。

サマルトリアの王子は、眠らなかった。

目を閉じる必要がなかった。
迷いも、不安も、もう湧いてこない。

彼はそれが、強さだと思った。

思ってしまった。

白いロンダルキア

ロンダルキアの大地は、白かった。

雪が積もっているわけでもなく、
風が吹き荒れているわけでもない。
それでも景色は単調で、どこまで行っても同じ色が続いていた。

遠近感が狂う。
距離も、高さも、時間も、正確に測れなくなる。

「……気持ち悪い場所だな」

ローレシアの王子が言った。

「さっきから方向感覚がね、おかしいのよ」
ムーンブルグの王女が答える。

サマルトリアの王子は、何も言わなかった。
静かに、自分の剣を眺めていた。


最初の戦闘で、全員が理解した。

モンスターの強さが、これまでとは次元が違う。

一体一体が強い。
数も多い。
攻撃は重く、隙がない。
戦闘が終わるたびに、確実に消耗していた。
体力だけじゃない。
集中力も、判断力も、少しずつ削られていく。

「回復、必要ならすぐに言って!」

ムーンブルグの王女が聞く。

「まだだ。魔力はまだ温存してくれ!」

ローレシアの王子が即答する。
即答できるうちは、まだ余裕がある証拠だ。

サマルトリアの王子は、前に出た。

迷いもなく。
敵の攻撃範囲に、ただためらいなく踏み込む。

「おい!」

ローレシアの王子が声を荒げる。

その声は届かない。

剣が振るわれ、モンスターが倒れる。
結果だけは正しい。

だから、その違和感は誰にも見えなかった。


戦闘が終わったあと、三人はしばらく立ち尽くしていた。

息が整うまで、誰も口を開かなかった。

「……さっきのは、ちょっと危なかったよ」

ムーンブルグの王女が言う。

サマルトリアの王子は首をかしげた。

「そうか?」

「一歩、遅れてたらーー」

「遅れてないだろう」

短い返答だった。

その暗い瞳は、何を考えているのか。
それ以上、会話は続かなかった。


進むほどに、会話は減った。

必要な言葉だけが残る。

「左」
「来る」
「今」

それ以外は、要らなかった。

夜になっても、休める場所はなかった。
宿はない。
安全な場所もない。
簡単な野営すら、危険が伴った。

「寝るか」

ローレシアの王子が言う。

「見張は交代で」
ムーンブルグの王女が答える。

サマルトリアの王子は、座ったまま目を閉じなかった。

「寝ないの?」

「…」

「……そう」

それ以上、声をかけなかった。


翌日。

戦闘の回数が増えた。
一つ一つは短いが、間隔が短い。

消耗が、はっきりと表に出始める。

ローレシアの王子の動きが、わずかに遅れる。
ムーンブルグの王女の回復魔法が、一拍遅れる。

それでも、サマルトリアの王子は変わらなかった。

いや、変わっていた。

迷いがない分、引き際もない。

「下がれ!」

ローレシアの王子が叫ぶ。

返事はない。

剣が振るわれ、モンスターが倒れる。
だが、その直後、強烈な一撃がサマルトリアの王子を襲った。

「……っ」

膝をつく。

「ベホイミ!」

ムーンブルグの王女が即座に呪文を唱える。

立ち上がる。

ローレシアの王子は、庇うように前に出た。

「出過ぎだ!今のは危なかったぞ!」

「何も問題はない」

サマルトリアの王子が言う。

その声には、感情がなかった。


ロンダルキアの空は、ずっと同じ色だった。

時間の感覚が、薄れていく。
何日経ったのか、分からない。

ムーンブルグの王女は、夜になると空を見上げた。
星は、ほとんど見えなかった。

「……もう、私たち元の世界には帰れないかもね」

誰に向けた言葉でもなかった。

ローレシアの王子は、答えなかった。

サマルトリアの王子は、聞いていなかった。


彼らは前に進んだ。

進む理由は、もう確認しなかった。
止まる理由も、なかった。

ロンダルキアは、
人を強くする場所じゃない。

人を、
ただ削るための場所だった。

大神官ハーゴン

城は、拍子抜けするほど静かだった。

構えていたほどの罠もなく、道はひらけている。
拍動のような緊張もない。
ロンダルキアの大地で削られた感覚だけが、身体に残る。

「……ここか」

ローレシアの王子が言った。

誰も答えない。

玉座の前に立つ影が、ゆっくりと振り向く。

「よく来たな、勇者の末裔たちよ」

ハーゴンは、はっきりとした声で話した。
怒りも、焦りもない。
準備された様な言葉を、順番に並べているだけの口調。

「人は弱い。希望を持ち、それに裏切られ、絶望する。その繰り返しだ」

ムーンブルグの王女は、黙って聞いていた。
ローレシアの王子は、剣を握ったまま、視線を逸らしていた。

サマルトリアの王子は、何も見ていなかった。

「だから私は、その希望を断つ。救いなど、最初から存在しないと教えてやるのだ」

「……長いな」

ローレシアの王子が、ぽつりと言った。

ハーゴンは一瞬だけ言葉を止めたが、すぐに続けた。

「貴様らも分かっているはずだ。どれほど足掻いても、失うものの方が多いと」

ムーンブルグの王女が、静かに口を開いた。

「……それで?」

その問いに、ハーゴンは満足そうに微笑んだ。

「人を殺すために戦うのが、人間だ」

「違う」

ローレシアの王子が言った。

ハーゴンが眉をひそめる。

「……俺たちの戦いで、全部終わりにする」

それ以上、言葉はなかった。


戦闘は、短かった。

サマルトリアの王子が前に出る。
ためらいはない。
剣が振るわれ、ハーゴンの身体が揺れる。

ローレシアの王子は、攻撃を受け止める。
ムーンブルグの王女は、最低限の支援を行う。

一連の動作は、ロンダルキアで何度も繰り返したものだった。

「……そんな、はずが」

ハーゴンの声が、震えた。

が、もう遅い。

最後の一撃が入り、
ハーゴンは膝をついた。


「……終わったの……か?」

ローレシアの王子が言った。

その問いは、誰に向けたものでもなかった。

「まだよ!」

ムーンブルグの王女が答える。
即答。

その瞬間、城の空気が変わった。


ハーゴンは、笑った。

「……私は、ただの器だ」

言葉と同時に、身体が崩れ始める。

「絶望は、まだ終わらないーー。」

祈りのような、呪詛のような言葉が、空間に染み込んでいく。

ローレシアの王子は、思わず一歩下がった。

「……まずいな」

ムーンブルグの王女は、唇を噛んだ。

サマルトリアの王子は、剣を構えたまま動かなかった。


世界が、歪む。

言葉のない何かが、呼び出される。

理由も、思想も、説明もない。

ただ、
そこに現れる邪神。

「……来る」

ムーンブルグの王女が言った。

「覚悟は、できてるか?」

ローレシアの王子が言う。

返事はない。

サマルトリアの王子は、剣を握り直した。


ハーゴンの言葉は、
最後まで理解できなかった。

だが、ひとつだけは分かっていた。

――ここからが、本番だということを。

破壊の邪神シドー

最初の一撃で、分かった。

これは、削り合ってなんとかなる相手じゃない。

ローレシアの王子の剣が、正面から叩き返された。
受け止めたはずの攻撃が、衝撃となって腕に残る。
骨の奥に、鈍い震えが走った。

踏ん張った足が、わずかに沈む。
石床に、ひびが入る。

「……重い」

誰に向けた言葉でもなかった。

シドーは、間合いを詰めてくる。
大振りでもない。
特別早いわけでもない。
しかし、休むことなく繰り出される攻撃。

ローレシアの王子は、もう一度剣を振る。
刃は確かに届く。
だが、手応えがない。

ムーンブルグの王女は、呪文を唱え続ける。
回復。
補助。
詠唱を止める余裕は、彼女にはなかった。
呪文を間に合わせ続けられるかどうかだけを、彼女は見ていた。

サマルトリアの王子が、前に出る。

避けず
踏み込み
斬る。

剣は通る。
火花が散る。

だが、削れない。

「……効いてないの?」

ムーンブルグの王女の声が、低く落ちた。

その直後、
シドーの一撃が地面を抉った。

衝撃で、空気が揺れる。
ローレシアの王子は、反射的に身体を引いた。

「……長くは、もたないかもな」

歯を食いしばって出た声だった。

その判断は、正しかった。


しばらく、誰も動けなかった。

動けなかったのは、
このまま続ければ、全滅する。
それが、全員に見えてしまったからだ。

瞬間、音が消えた。

剣が触れ合う音も、
床が砕ける音もない。

シドーは、そこにいる。
動いていないわけじゃない。
ただ、勇者の末裔である三人を眺めている。

三人の呼吸の音が、大きく聞こえる。

ムーンブルグの王女は、
二人の背中を、順番に見た。
力強い仲間の背中。

いつもの位置。
いつもの距離。

「……ねえ」

小さな笑顔。
だが声は、小さかった。

ローレシアの王子が振り向く。
サマルトリアの王子も、少し遅れて視線を向けた。

その間も、
シドーは一歩も動かない。

「今までさ」

言葉が、すぐには続かなかった。

戦闘中に、
こんな時間を使う余裕はない。

それでも、誰も止めなかった。

止める理由が、
見つからなかった。

「たくさんさ、助けてもらったよね」

サマルトリアの王子が、視線を向ける。
一瞬、首をかしげた。

「何の話だ?」

「……今まで」

言葉が、そこで止まった。

「本当にありがとう」

それは――
別れの言葉。


ローレシアの王子は、理解した。

理解してしまったから、
すぐに否定できなかった。

「待て!」

声は、思ったより低かった。

「まだ、他にも手はあるはずだろう!」

ムーンブルグの王女は、首を振った。

「ごめん。無いの」

即答だった。

「計算したよ。
何千回も」

その「何千回も」に、
この瞬間は含まれていたのだろうか。


サマルトリアの王子が、一歩前に出る。

「……俺がいく」

ムーンブルグの王女は、静かに首を振る。

「あなたは、最後に備えて」

「…」

「お願いだから!」

その言葉に、
命令も、理屈もなかった。


少しの沈黙。

ローレシアの王子は、「世界樹の雫」を握りしめた。
そして、それが何を意味するか、分かっていた。

ムーンブルグの王女が、最後に言った。

「二人とも。ーー生きて」

それは、
希望じゃない。

絶望の中で選ばれた、唯一の願い


彼女は、一歩前に出る。

深く息を吸い、

呟く。

「……メガンテ」


全てを消し去る大爆発のあと、空気が戻ってきた。

衝撃は確かにあった。
だが、

シドーは、まだ立っていた。

ムーンブルグの王女は、床に倒れたまま動かない。

身体の一部が、不自然な角度で折れていた。
呼吸はあるが、浅い。

ローレシアの王子は、すぐに駆け寄り、
「世界樹の雫」を使う。

「おい、しっかりしろ!
もういい!もうやめてくれ!!」

光が走り、骨が元の位置に戻る。
裂けた皮膚が、無理やり塞がる。

王女は、ゆっくり息を吸った。

「……」

声はなかった。


二度目。

彼女は、何も言わずに前に出る。

足取りが、少しだけ重い。
肩が、わずかに下がっている。

詠唱は短かった。

閃光と爆発。

今度は、衝撃がはっきり残った。
身体が壁に叩きつけられる。

落ちる。

ムーンブルグの王女だったものは動かない。

ローレシアの王子は、さらに「世界樹の雫」を使う。

「もうやめてくれ!お願いだから!!」

少し体が回復する。

だが、完全じゃない。

下半身が無いまま。

それでも、王女は体を引き摺り立ち向かった。


三度目。

彼女は、一瞬だけ立ち止まった。

呼吸を整えようとしたが、
血を吐き出して、うまくいかなかった。

それでも、両腕の力だけで前に出る。

爆発。

今度は、
何も残らなかった。

床に落ちたものが、
彼女だったと分かるまで、少し時間がかかった。

ローレシアの王子は、「世界樹の雫」を取り出して
――止まった。

空だった。

空瓶だけが、手の中に残る。

使えないものは、使えない。

王女は、もう戻らなかった。


シドーは、まだ立っている。

ローレシアの王子は、叫んだ。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ!!!!!!」

それ以上の言葉は、出なかった。


そのとき、
サマルトリアの王子が、こちらを見た。

剣を握ったまま、
動きを止めている。

目が合う。

そこに、
一瞬だけ、人の感情が戻っていた。

「……」

何か言おうとして、
口が動く。

声にはならなかった。

彼は、何も言わないまま、前に出た。


ーーメガンテ

詠唱はなかった。

爆発。

呪われた剣が、床に落ちる。

乾いた音が、一度だけ鳴った。

サマルトリアの王子は、もう戻らなかった。


シドーは、膝をついた。

瀕死。

ローレシアの王子は、剣を構えなかった。

ただ、静かに近づき、
小さく剣を振った。

それだけ。
それが、勇者が誕生した瞬間だった。

勇者の称号

世界は、救われた。

それは事実。

闇は消え、魔物は姿を潜め、城下には人が戻った。
畑が耕され、道が整えられ、子どもたちの声が、当たり前のように響くようになる。

誰もが、胸を撫で下ろした。

ローレシアの王子は、玉座の前に立っていた。

「よくぞ成し遂げた、勇者よ」

王の声は、晴れやかだった。
重苦しさはない。
悲嘆もない。

結果が出た以上、そこに迷いはなかった。

「世界は救われた。
その功績を、ここに称える」

光が差し、祝福の言葉が読み上げられる。
剣が掲げられ、拍手が起こった。

ローレシアの王子は、膝をついた。

形式通りだった。

「勇者の称号を授ける」

その言葉を、確かに聞いた。


頭の中で、何かがずれていた。

拍手の音が、遠い。
祝福の言葉が、意味を持たない。

「……はい」

返事はできた。

それ以上は、何も出てこなかった。


夜。

城の一室で、ローレシアの王子は一人だった。

剣は壁に立てかけられ、鎧は脱いである。
身体は、軽かった。

戦う必要がない。
判断する必要もない。

それなのに、眠れなかった。

目を閉じると、
床に残ったものが浮かぶ。

割れた瓶。
落ちた剣。
戻らなかった二人。


「……俺は」

声に出してみたが、続かなかった。

何のために戦ったのか。
誰のために剣を振ったのか。

答えは、全部知っている。
それでも、言葉にできなかった。


翌朝、城下は祝祭に包まれていた。

人々は笑い、歌い、酒を酌み交わす。

「勇者様だ!」
「世界を救った英雄だ!」

声をかけられるたび、
ローレシアの王子は、うなずいた。

否定する理由は、なかった。


彼はすでに壊れていた。

眠れない。
剣を持つと、手が震える。
何もしていないのに、疲れが取れない。

誰も気づかなかった。

勇者は、強いものだと決まっている。
壊れるはずがない。


世界は、正常だった。

正しく救われ、
正しく祝われ、
正しく前に進んでいく。

置いていかれたのは、
ただ一人。


ローレシアの王子は、
勇者の称号を得た。

全てを犠牲にして。

そして、
誰にも知られないまま、ひとり壊れた。


——完。

atch-k | あっちけい
Visual Storyteller/Visual Literature
光は、言葉より静かに語る。

Nikon D500を肩に、街の呼吸を撮り歩き、
写真と言葉を一体化させた 写真詩(Visual Literature) を日々発表しています。

人の姿そのものではなく、
人がいた「余韻」や、空気に残る気配。
そこに、言葉を添えるのではなく、
言葉を写真の後ろに置く。
それが、私のVisual Literatureです。

本業は、物流業界での国際コンテナ船・輸出事務。
現場とオフィスの狭間で、
数字・書類・時間に追われながら、
「記録すること」と「伝えること」の重さを
長年、実務として見つめてきました。

その感覚は、
写真詩だけでなく、レビューやコラムにも流れ込んでいます。
体験を切り取り、構造を整え、
読み物として成立するノンフィクションへ昇華する。
事実を並べるのではなく、
判断と文脈で読ませる文章を心がけています。

長編ノンフィクション
『異世界に行けなかった俺の半生。』(全14章)は、
家庭崩壊、絶望、再起、そして静かな再生を辿った実話。
草思社文芸社大賞2025に応募し、
現在の写真詩表現の源泉を、すべて言葉として書き残しました。

写真詩と文章は、別々の活動ではありません。
どちらも、
光と静寂が立ち上がる瞬間を、記録する行為です。

atch-k | あっちけい
Visual Literature Artist
PVアクセスランキング にほんブログ村
必要なところだけ、共有してもらえたら
  • URLをコピーしました!
目次