
気がついたら、知らない空にいた。
ホウキは手にあった。
魔力も残っていた。
でも、私がいるのは──魔法都市でも、海辺の街でもない。
画面のような空。
数字が踊る緑色のゲージ。
前方に、敵影。
シューティングゲームの中だった。
笑えない。
いや、笑う余裕なんてどこにもなかった。
だって、空気が違った。
この世界は、撃たれたら終わりだって、風の匂いが言っていた。
巨影との初遭遇と世界の崩壊
——怖い。
ラスボス前の空気は、喉の奥が冷たくなるほど重かった。
地平線が震え、建物の影が歪んでいく。
空気が音を忘れている。
次の瞬間、
世界を裂くような叫びとともに──
巨神兵が現れた。
皮膚が焼けるような熱。
空の色そのものが変わっていく。
ただ歩くだけで、大地が砕け、火の雨が降り注ぐ。
ホウキが突然きしんだ。
耳の奥で誰かが囁くように、
〈魔力が低下しています〉
という文字が空中に浮かんだ。
この世界が、本気で私を殺しに来ていると分かった。
“勝てるわけないよ…”
そう思った瞬間、
巨神兵の光線が横を掠め、視界が一度真っ白に焼けた。
それでも私は魔法を撃ち続けた。
腕が震えても、汗で視界が滲んでも、
ほうきが悲鳴を上げても。
だってもう、飛ぶしかなかった。
戦うしかなかったから。
時間の感覚はすぐに狂った。
何時間か、何日か……
空の色が何度も変わり、
私自身が薄れていくような感覚に陥った。
そして——
怒号のような光が、ふっと止まった。
巨神兵が、ゆっくりと崩れ落ちる。
その瞬間、
世界は音もなく、
真っ白になった。
白い世界で響く“救済の声”
白の中に、音だけが残った。
ランラン、ランララ、ランランラン──
ラン、ランラララン。
あの旋律だった。
ナウシカ・レクイエム。
風がそっと震え、
真っ白な世界に、かすかな光が滲む。
“終わった…の?”
声にならない声が胸に浮かんだ。
けれど、その優しい歌は、
終わりではなかった。
むしろ——
ここからが、この世の地獄の始まりだった。
もう一人の戦士との交錯
白い世界を裂いて、黒い影が飛んできた。
ガンシップ。
その上に立つのは──
ナウシカ。
風を背負ったあの姿は、美しさよりも痛々しかった。
守るために戦い続けた人の、沈黙の顔。
私は魔法で応戦した。
ナウシカも迷いなく撃ち返してきた。
互いに傷つけたくないのに、
この世界は容赦なく“戦い”を強いた。
「キツネリス。
あの人も…守りたい人がいるんだね」
声にはならなかったけれど、
ナウシカは一瞬、目を細めた。
そのまなざしは、敵じゃなかった。
それでも──
撃たなければ、落ちる。
私が躊躇した一瞬を嗅ぎ取ったように、
白い世界の奥から影がすべり出した。
金属のうなり。
風を切る鋭い音。
彼女の眼は静かだった。
怒りでも敵意でもない。
ただ、“覚悟だけ”がそこに宿っていた。
魔法が先に飛んだ。
反射的に撃っていた。
落ちたくない、死にたくない、それだけだった。
ナウシカは避けなかった。
風を読むように身体をわずかに傾け、
まるで舞うように受け流した。
すぐに反撃が来た。
ガンシップの側面から弾幕が弧を描き、
私のほうきスレスレを削り取る。
「痛っ…!」
腕が痺れる。
風の流れが乱れ、姿勢が崩れる。
高度が一気に落ち、胃が持ち上がった。
けれど、ナウシカは追ってこなかった。
代わりに、
風に届くくらいの小さな声で言った。
「あなたも…誰かを守りたい人がいるのでしょう?」
その声が胸を刺す。
そんな声をかけられる状況じゃないのに。
彼女は撃ってくる。
迷いも恐れもない。
向かってくる全てを抱えて、それでも前に進む人の撃ち方だった。
私はその強さに押されていた。
魔法を撃ちながら、
心が削られていくのが分かる。
「もうやめようよ…戦いたくないよ…」
心の中で呟いても、風は何も返してくれなかった。
ナウシカはまた攻撃してきた。
一撃一撃が、怒りではなく“願い”のようだった。
「傷つけたくないのに……でも、止まれないの…!」
ガンシップが旋回する。
蒼い衣が翻る。
美しい軌道ほど、残酷だった。
私は魔法を撃ち返しながら、
涙で視界が滲むのを止められなかった。
どちらが悪いわけでもない。
どちらが正しいわけでもない。
ただ、
互いに“落ちたくない”“守りたいものがある”という理由だけが、
空でぶつかり合っていた。
時間が歪むほどの撃ち合いだった。
魔力の残量はほぼゼロ。
ほうきの柄はひび割れ、
指は感覚がなくなりかけていた。
それでも──
私は撃った。
飛んだ。
落ちるわけにはいかなかった。
そして、
ナウシカが一瞬、膝をつき、
肩がわずかに揺れた。
私は魔法を構えた。
これで終わる。
終わらせなければ、私が落ちる。
息を吸った。
指が震えた。
たったその瞬間に──
あの声が降ってきた。
世界を揺らす“蒼の預言”
空の奥から、
誰かの声が聞こえた。
「そのもの蒼き衣を纏いて、金色の野に降り立つべし」
地面が揺れた。
砂が跳ねた。
胸がどきんと痛む。
ーーそして、目の前に浮かぶ文字。
<巨大王蟲が現れた>
何も考えられなくなった。
大きい。
こわい。
でも、あたたかい気もする。
よくわからない重さが、空気ごと押してくる。
私は、動けなかった。
魔力なんて残ってる気がしない。
ほうきは曲がったまま。
手は汗で震えている。
“もう、だめかも…”
本気でそう思った。
喪失と救済──墜ちていく魔女の選択
王蟲の鳴動が、まるで深呼吸のように静まり──
その静けさの隙間に、ひとすじの光が差し込んだ。
白い世界がきしむように揺れ、
横合いから風そのもののような影が飛び込む。
ロボット兵。
巨大な身体とは思えない滑らかさで翼のように腕を広げ、
空気を掴むように減速しながら——
空中でホバリングした。
砂埃ではなく、
光の粒だけが舞った。
その背に乗っているのは、
小柄な少女。
シータ。
風に煽られながらも、
彼女はまっすぐ私とナウシカの間に割って入るように、
空中で立ち上がった。
足は震えているのに、
瞳だけは揺れていなかった。
風圧で声が流されそうになりながら、
それでも彼女は叫んだ。
「ナウシカ……
あなたは、間違ってない……!」
その声に、ナウシカの肩がわずかに揺れた。
シータは息を吸い、涙をこらえて続ける。
「でも……
キキさんも……
守ろうとしてるの!
どちらも、誰も……誰一人、悪くないの……!」
胸が潰れるようだった。
ナウシカも目を閉じた。
敵意じゃない。
絶望でもない。
「戦いたくないのに、戦わされている者同士」
という真実を、わずか一声で溶かしてしまった。
巨大王蟲のうねりが静かになる。
世界が、泣いているようだった。
世界の端がきしむ。
空気が震え、光が四方に滲む。
ロボット兵がシータを守るように手を広げた。
シータは振り返らない。
ただ前を見て、小さく呟いた。
「……もう、終わらせないとね。
キキさん。あなたは、あなたの守りたい世界を守って。
そのために、ここに来たんだから。」
“あぁ……もう誰も、傷つかなくていいんだ”
そして——
「リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール」
血の味のするような声で叫んだ。
「バルス!!」
光が弾けた。
色が剥がれ落ちた。
音がすべて消えた。
王蟲も、風も、砲火も、
痛みさえも持っていかれるようだった。
ただ、
折れそうな魔法少女と、
膝をついた風の谷の姫と、
祈る少女とロボット兵だけが、
崩れゆく白の中に立っていた。
その沈黙は、
戦いの終わりではなく——
喪失から始まる、救済の始まり。
最後に差し伸べられた“赤い翼”
“バルス”のあと、
私の魔力は完全に尽きていた。
ほうきは粉々になった。
身体が空中に投げ出される。
風を掴めない。
空をつかめない。
ゆっくり、ゆっくり、落ちていく。
耳鳴りがして、視界が揺れて、
涙がこぼれた。
“わたし、ここで終わりなんだ…”
誰かに助けてほしいなんて……思ったのは初めてだった。
その瞬間。
エンジン音。
油の匂い。
赤い影。
私の身体がふわっと持ち上がった。
見上げると、
飛行艇のコックピット越しに
眠そうな目がこちらを見ていた。
煙草をくゆらせながら、
彼は言った。
「落ちるのが怖いって?
空を飛ぶ奴はみんなそうさ。
でもな──
“落ちたあと”に誰が手を伸ばすかで、そいつの人生は決まるんだ。」
私は声も出せず、ただ涙をこぼした。
彼は肩をすくめた。
「ほら、お嬢ちゃん。
まだお前の空は終わっちゃいないぜ。」
そう言って、
世界の終わりみたいな白い空を、
赤い飛行艇はゆっくり抜けていった。
この時わたしは、初めて感じたんだ。
怖い物語は終わったんだ──と。

