廃業前の病院で妻が体験した恐怖

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今から十数年前。
今は高校二年になる次男が生まれた時の話。

長男を生んだのと同じ病院で産むことにしたんですよね。
やっぱり慣れた病院の方がいいじゃないですか。

そこは都内でもそれなりに大きな産婦人科で、長男を出産するときは、出産待ちのお母さんたちでいっぱいだったんです。

でもね、今回は様子が違いました。
誰もいないんです。
病院全体もしんとしてて、なんだか暗くてさびれてる。

病院特有のせわしない感じも無い。
理由を聞いたら「院長先生が高齢で、今年で廃業。それに建物もすぐ取り壊し予定」と。

心配になったので妻に言ったんです。
「別の病院にした方が良いんじゃない?」って。
それでも妻は「長男もここで生んだし、慣れた場所で産みたい」って決めたんですよね。

入院してからわかったんですが、夜間は看護師がいないんです。
夜は院長先生ひとりが見るっていう話。
正直、不安でしたよ。

4階建ての結構大きな病院に、高齢の院長先生と出産前の妻の二人だけですからね。

ある夜のこと。

消灯後ってことは22時を過ぎたころなのかな。
相部屋の広い病室に、妻ひとり。
廊下も真っ暗で、話し声なんて一つも聞こえない。
室内は薄い布で仕切られているだけ。

ウトウトしてたときに、ふっと風が吹いたらしいんですよね。
廊下側から窓のほうへ。

でもね、ドアも窓も閉まってるんですよ。
おかしいなと思った瞬間

――白い“何か”が風と一緒にゆっくり窓に向かってスーッと飛んでいったんだと。

人なのか人じゃないのか。
でも、こっちを見ている事だけは分かったそうです。

妻は怖くて震えながら、そのまま横になっていました。
幸い、それ以上の事は何もありませんでした。

出産が無事に終わったあと、妻は「廃業する病院に入院なんてするもんじゃないね」って笑っていました。
でも私はその話が怖すぎて笑えなかった。

私にできたのは妻に何度も「本当に大丈夫だったのか?」と繰り返すことだけ。
母親って強いなーと改めて感じましたね。

病院はその後すぐに取り壊されて、今は住宅地になっています。
子どもの楽しそうな声も聞こえてきます。

あの夜の白い何か。
正体は今でもわかりません。
でも良いものではないのは確かです。

見た瞬間に「ヤバい!」と感じたって妻が言ってましたから。

跡地に建った家の横を自転車で通りがかった時、白い何かが映った気がしたんです。
私の見間違いならいいんですが。

けれど、もう一度確かめに行く勇気はありません。

あなたが買ったその家。
大丈夫だと良いですね。

atch-k | あっちけい
Visual Storyteller/Visual Literature
光は、言葉より静かに語る。

Nikon D500を肩に、街の呼吸を撮り歩き、
写真と言葉を一体化させた 写真詩(Visual Literature) を日々発表しています。

人の姿そのものではなく、
人がいた「余韻」や、空気に残る気配。
そこに、言葉を添えるのではなく、
言葉を写真の後ろに置く。
それが、私のVisual Literatureです。

本業は、物流業界での国際コンテナ船・輸出事務。
現場とオフィスの狭間で、
数字・書類・時間に追われながら、
「記録すること」と「伝えること」の重さを
長年、実務として見つめてきました。

その感覚は、
写真詩だけでなく、レビューやコラムにも流れ込んでいます。
体験を切り取り、構造を整え、
読み物として成立するノンフィクションへ昇華する。
事実を並べるのではなく、
判断と文脈で読ませる文章を心がけています。

長編ノンフィクション
『異世界に行けなかった俺の半生。』(全14章)は、
家庭崩壊、絶望、再起、そして静かな再生を辿った実話。
草思社文芸社大賞2025に応募し、
現在の写真詩表現の源泉を、すべて言葉として書き残しました。

写真詩と文章は、別々の活動ではありません。
どちらも、
光と静寂が立ち上がる瞬間を、記録する行為です。

atch-k | あっちけい
Visual Literature Artist
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