カメラ一つで異世界転生|カメラって武器でしたっけ?

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第一話 崖から落ちたら

俺の名前は「北村 淳志」
42歳のサラリーマンで、普段は総務の事務員として働いている。

突然だが、趣味で山に写真を撮りに来たら、崖から落ちた。

足を踏み外した、なんて軽いものじゃない。
自分でわかっていた。
ちょっと無理をしたかもしれない、と。

あと少し近く。
あと一枚だけ。

その「あと少し」を、何度も積み重ねた結果、俺は落ちた。

ズルッ
岩肌に手をかけた瞬間、靴の裏が滑る。
苔かなんかが生えていて、滑りやすくなっていたんだろう。
体が一瞬ふわっと浮いて、そのまま支えを失った。

ああ、やったな。

怖いとか、痛いとか、
そういう感情が出てくる前に、
先に納得した。

落ちながら、空が見えた。

やけに青くて、
さっきまで撮っていた花の色と、よく似ていた。
よく言われる「走馬灯」の類は流れなかった。

「ああ、俺ここで死ぬのか」

手からカメラが離れた。

いや、離したのかもしれない。

ぶつかる、と思ったところで、
フッと意識が途切れた。


目を開けたとき、風の音が違っていた。

山の風じゃない。

もっと、柔らかくて、
どこか遠くで水が流れているような音が混じっている。

体を起こそうとして、
妙に動きが軽いことに気づく。

痛みが、ない。
どこにも。

あれだけ高いところから落ちたのに。

手をついて体を起こすと、
そこにあったのは、さっきまでの岩場じゃなかった。

見たことのない草の色。

見たことのない空の広さ。

そして。

すぐ目の前に、
あのとき撮ろうとしていた花が、咲いていた。


俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

ここはどこだ。
なんで生きてる。

落ちたはずだ。
あれだけの高さから。

体は軽い。痛みもない。
夢にしては、風の感触がやけに生々しい。

荷物を入れたバックパックは無くなっていた。
崖から落ちた勢いで、どこかに飛んでいってしまったのか。

手を見る。

なぜかカメラがあった。
ニコンの古い一眼レフD3200。
俺の愛用のカメラだ。

首から下がったままの、いつもの重さ。
レンズもそのまま付いている。
ニコンのAF-S DX Micro NIKKOR 40mm f/2.8G

どうしてこれだけ残ってるんだ。

意味がわからないまま、歩き出した。

草を踏む音が違う。
見たことのない色が、視界の端で揺れている。

山の中のはずなのに、どこか整いすぎている気がした。

どれくらい歩いたのか分からない。

そのとき。

遠くから、声が聞こえた。

叫び声。

人のものじゃない。

反射的に足を止める。

音の方へ、少しずつ近づいた。

大きな岩があった。
その影に身を寄せて、息を止める。

そっと、覗く。

――いた。

形が、まずおかしい。

人間の大きさじゃない。
緑の皮膚の色も、ヌメっとした質感も、
俺が知っている生き物と違う。

何かを押さえつけている。
動きは速いのに、どこか重い。

目が離せない。

気づけば、カメラを構えていた。

考えたわけじゃない。
体が先に動いていた。

ファインダーを覗く。

ピントを合わせる。

その瞬間。

化け物の動きが止まった。

こちらを見ている。

目が合った。

距離が、一気に近くなった気がした。

これやばい。

驚いた勢いで指が、シャッターを押した。

カシャ。

ワンテンポ遅れて、衝撃音が響く。

ドンッ。

空気が弾けたみたいな音だった。

化け物の顔が跳ねる。

赤いものが飛び散った。


化け物は倒れなかった。

体を揺らし、頭を振る。
次の瞬間、喉の奥から絞り出すような叫び声を上げた。

空気が震える。

こいつ、見たことがある。

小説か、ゲームか。
記憶のどこかに引っかかる。

似てる。…いや、これ――ゴブリンか。

なんで日本にこんなものがいる。
これは現実じゃないのか?
じゃあ、ここはどこだ。

考えている余裕はなかった。

ゴブリンがこちらを見た。

そして、走る。
一直線にこちらへ向かって。

距離が一気に詰まる。

足がすくんで動かない。

逃げるか。
俺は逃げられるのか。
無理だろあれ。人間の走る速さじゃないぞ。

瞬間、さっきの音が頭をよぎった。
あの一発。
カメラ。

無意識に、カメラを構えていた。
40mmの単焦点レンズを向ける。

まだ遠い。
ファインダーの中の像が小さい。

震えた指がそのまま、勝手にシャッターを押した。

カシャ。
ドンッ。

地面が弾ける。

外した。

距離は変わらない。
ゴブリンは止まらない。

なにが違う。
さっきと、何が。

指が、もう一度シャッターボタンに触れる。

軽く、押し込む。

ピピッ。
AFの動きが止まると、
ファインダーの中で、像がはっきり映し出される。

ジャスピンっ!

ゴブリンが、足を止めた。

こちらを見ている。
距離が近い。
スナップのポートレートの距離感。

心臓の音がうるさい。

指先に力を込める。

そのまま、押し切る。

カシャ。

一拍、遅れて。

ドンッ。

音が重なる。

ゴブリンの頭が弾け、赤いものが、飛び散る。
体が、その場で崩れた。

atch-k | あっちけい
Visual Storyteller/Visual Literature
光は、言葉より静かに語る。

Nikon D500を肩に、街の呼吸を撮り歩き、
写真と言葉を一体化させた 写真詩(Visual Literature) を日々発表しています。

人の姿そのものではなく、
人がいた「余韻」や、空気に残る気配。
そこに、言葉を添えるのではなく、
言葉を写真の後ろに置く。
それが、私のVisual Literatureです。

本業は、物流業界での国際コンテナ船・輸出事務。
現場とオフィスの狭間で、
数字・書類・時間に追われながら、
「記録すること」と「伝えること」の重さを
長年、実務として見つめてきました。

その感覚は、
写真詩だけでなく、レビューやコラムにも流れ込んでいます。
体験を切り取り、構造を整え、
読み物として成立するノンフィクションへ昇華する。
事実を並べるのではなく、
判断と文脈で読ませる文章を心がけています。

長編ノンフィクション
『異世界に行けなかった俺の半生。』(全14章)は、
家庭崩壊、絶望、再起、そして静かな再生を辿った実話。
草思社文芸社大賞2025に応募し、
現在の写真詩表現の源泉を、すべて言葉として書き残しました。

写真詩と文章は、別々の活動ではありません。
どちらも、
光と静寂が立ち上がる瞬間を、記録する行為です。

atch-k | あっちけい
Visual Literature Artist
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