既視感 / Déjà Vu

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夜の暗い空を背景に、青と紫の光で照らされた観覧車の半分だけが写っている写真。止まっているように見えながら、ゆっくり回転している観覧車が、既視感と時間のずれを感じさせる。

既視感

既視感。

いつかの夜か、
夢の続きか。

止まっているのに
進んでいる。
その錯覚だけが
ここに残る。

観覧車は
思い出のふりをして
黙って回る。

戻れない場所に
立っていると、
感覚が告げる。

— atch-k

Déjà Vu

Déjà vu.

A night from long ago,
or the continuation of a dream.

Still, yet moving—
only that illusion
remains here.

The Ferris wheel
pretends to be a memory
and turns in silence.

Standing
in a place I can’t return to,
my senses tell me.

— atch-k

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atch-k | あっちけい
Visual Storyteller/Visual Literature
光は、言葉より静かに語る。

Nikon D500を肩に、街の呼吸を撮り歩き、
写真と言葉を一体化させた 写真詩(Visual Literature) を日々発表しています。

人の姿そのものではなく、
人がいた「余韻」や、空気に残る気配。
そこに、言葉を添えるのではなく、
言葉を写真の後ろに置く。
それが、私のVisual Literatureです。

本業は、物流業界での国際コンテナ船・輸出事務。
現場とオフィスの狭間で、
数字・書類・時間に追われながら、
「記録すること」と「伝えること」の重さを
長年、実務として見つめてきました。

その感覚は、
写真詩だけでなく、レビューやコラムにも流れ込んでいます。
体験を切り取り、構造を整え、
読み物として成立するノンフィクションへ昇華する。
事実を並べるのではなく、
判断と文脈で読ませる文章を心がけています。

長編ノンフィクション
『異世界に行けなかった俺の半生。』(全14章)は、
家庭崩壊、絶望、再起、そして静かな再生を辿った実話。
草思社文芸社大賞2025に応募し、
現在の写真詩表現の源泉を、すべて言葉として書き残しました。

写真詩と文章は、別々の活動ではありません。
どちらも、
光と静寂が立ち上がる瞬間を、記録する行為です。

atch-k | あっちけい
Visual Literature Artist
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