名所よりも味わい深い。カメラで撮る「日常の花」の美しさ

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こんにちは。
私のエッセイへようこそ。

カメラを片手に街をあちこち歩き、花や景色を撮ることが、私の小さな趣味。
カメラを始めてしばらくの間は、いわゆる「撮影の名所」と呼ばれる場所ばかりを追いかけていた。

夜景で定番の橋や、花で有名な公園、紅白に咲き乱れる梅の花。
そんな美しい景色に囲まれながらシャッターを切る。
たしかに心が躍った。

しかし、写真を見返せば、綺麗なんだけど何故か自分の感情が写っていない。
自分の写真なんだけど、どこかで見たような、広告の写真を見ている様な、そんな気持ちになった。


目次

近所の花が、なぜこんなに心に残るのか

真冬のある日、近所の公園を散歩していたときに、小さく咲いている一輪の水仙を見つけた。

道ばたの端、誰にも気づかれずに咲いていたその一輪を、しゃがんで撮ってみた。
背景には錆びた金網や、自転車置き場が写り込んでいる。
観光地では絶対に撮らないような構図だったけれど、なぜかその写真がずっと心に残った。

それ以来、私は名所に行くことが減った。

カメラを持って、近所を歩きながら花を探す。
季節が変われば咲く花も変わるし、時間帯や天気によっても風景は表情を変える。
何より、名もない日常の中に咲く花には、そこでしか知ることのできない物語がある。


花だけじゃない、背景も「被写体」になる面白さ

最近は、花そのものだけでなく「背景」も含めて写真を撮ることが多い。
たとえば花の前に生い茂る葉っぱ、ガードレール、家の塀。
ふつうは避けたい要素かもしれない。
でも、その雑音こそが写真に奥行きを生むんだと気づいた。

花に差す光と、背後の影のバランス。
偶然写り込んだ出勤中のサラリーマン。
傾いた電柱の影。

すべてがひとつのフレームの中で共存して、ストーリーが生まれる。
ハッキリ言って、これは名所では味わえない面白さだと思う。


自分だけの視点で、世界を切り取る楽しさ

撮った写真の背景を想像して、小さな物語を考える。
「子供の笑顔」「雨夜のドライブの物悲しさ」「ツツジの蜜を吸う遊び」
ごく普通の一枚の写真が、自分だけの小さな物語になる瞬間は楽しい。

カメラを始めた頃は、「いい写真を撮るには、いい場所へ行かなきゃ」と思っていた。
でも今は逆。
どこかに行かなくても、今いる場所に目を向けるだけで、十分に心が動く。
同じ場所でも、毎日何かが変わっている。
特別な風景は、案外すぐそばにあるのかもしれない。


おわりに。今日も、日常のなかで一枚を探す

今日もカメラを持って、少し遠回りで車を走らせる。
目立たない小道の隅や、中央分離帯のフェンスのそばに咲く花。
そこには誰かが手を加えた訳でもない、静かにたたずむ自然の姿がある。

花だけじゃなく、その背景も一緒に。

自分が撮影した写真は、ただの記録じゃない。
そのときの気持ちも一緒に写し込む、小さなタイムカプセルみたいなもの。
いつもの風景と思わず、少し目を凝らしてみると、意外と面白いものが見つかるかもね。

んじゃ、また。
あっちけいでした。

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